小説 川崎サイト

 

陽だまりの幽霊

 
「昔からの友達。若い頃からの友達でね。長い付き合いだ。しかし、それだけ長いと引っ越しなどをやる。彼は大都会へ行ってしまった。これがへんぴな場所なら寄る機会はないが、大都会ならたまに用がある。数年に一度はね。しかし彼は大都会に住んでいるわけじゃない。そこからかなり離れたところ。離れすぎのためか、のどかなところでね。まあ、ホテル代が浮くので、いつも定宿にしていたよ」
「怪談なのですが」
「今、話しているじゃないか」
「出てきませんが」
「このあとじゃ」
「はい」
「あれは何の用事で行ったのかは思い出したくないが、彼の住むぼろアパートに泊まったのだが、そこでどんな話をしたのかは、もう忘れたが」
「まさか幽霊も忘れましたか」
「それは今から順に話すところじゃ」
「はい」
「彼も当然働いていたので、平日ということもあって、朝から仕事に行ったよ。私は用がまだあるので、二三にここにいるつもり。用事は昼からなので、午前中はすることがない。それで近くを探索することにした」
「はい、来ますね」
「田んぼはないが畑が残っておってね。緑も豊かだ。林があったり、神社があったりで、知らない場所を歩くのは結構楽しい」
「はい」
「さて、ここからだ」
「出ますね」
「何が」
「幽霊」
「それよりも冬なのに暖かい」
「生暖かい風がスーとですね。お寺の鐘がボーンと」
「それは古典的怪談だろ」
「定番です」
「気持ちがよくなってきてねえ。小春日和というやつだよ。風もなく、ぽかぽかと暖かい。歩きながらうっとしてきたよ。寝はしないがね」
「はい」
「昔はあぜ道だった場所だろうねえ。細い道に入っていくと、手頃な石がある。座れるようなね。畑の横だ。農具なんかが横にある。そこに腰を下ろして、今までのことを考えていた。これからどうすべきかとね。用で来たのは仕事だ。将来のため、一寸した下調べだ。私でもやっていけるかどうかを確認するため。しかし、これは冒険でねえ。彼を見ていると地味にやっておる。昔と変わっていない。地味とは地に足が付いたような感じだろうかねえ。彼には土の臭いがする。彼の実家は農家だからそう思うだけかもしれないが」
「出ませんよ」
「それでいいあんばいなので、うとうとしてきた。猫や犬でもしっかりと座っていながら、身体が微妙に動くだろ。眠いのだ。そのまま寝てしまいそうになるのを我慢して、しっかりと座っている。これは邪魔するものがなければ時間の問題で、そのうち横になる。徐々に姿勢を変えていくんだ。段階的にね」
「はい」
「このときのことをよく思い出すんだ。日当たりのいいのんびりとした場所で、ひなたぼっこをしながらうとうとし始める。これは一種の恍惚、至福だよ。決して幸せなことなど起こっていないのにね」
「もう駄目ですねえ」
「何が」
「幽霊が出るタイミングが見当たりません。日差しもあり、陽気なんですから」
「ああ、そうだったか」
「それで、このあと本当に幽霊が出るのですか」
「ずっと出ておるじゃないか」
「え」
「私が幽霊だ」
「それは昔の話でしょ。まさか幽霊になってお友達のところへ行ったわけじゃないでしょ」
「そうなんだがね。そのときの私は幽霊のようなものだった」
「はあ」
「さまよっていたのだよ。大都会を」
「はあ」
「大都会の中を走り回ったが、雲を掴むような話でねえ。思っていたような仕事じゃなかった。だから、来ただけ無駄だった」
「そのお友達はどうなりました」
「数年後、戻ってきたよ。しかし、もう人が変わったようになっていた。昔の彼とは違っていてねえ。大都会で何かあったんだろうねえ。その後、会う機会も減り、いつの間にか繋がりが切れた」
「怪談ではなかったようですねえ」
「いや、あのときのことを思うと、そこで滞在した時間が、今では別世界のように感じられる」
「とりとめのない話ですねえ」
「そうだね」
 
   了




2017年12月29日

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