小説 川崎サイト



頑張る人

川崎ゆきお



 本田は頑張らなかった人、頑張っていない人に属した。それは本田の評価ではなく、会社の評価だ。
 本田自身の評価でも頑張った記憶はない。したがって評価のズレはない。
 ただ、頑張るという状態を本田は評価していない。無理なことで頑張るのは無理だと考えている。頑張らなければいけない状態が不自然で不幸だと思っている。
 頭が悪いのは悪いのであって、頑張るのは頭が悪い証拠で、そんなことで頑張る必要はない。
 無理に頭のいい人になっても、本当に頭のいい人には負ける。
 会社での給与計算が能率給となり、本田の給料は下がり、ボーナスも微々たる額だった。
 社では「頑張る人応援キャンペーン」があり、自主研修への補助金が出た。
 頑張る人は優遇され、ますます差が出た。頑張っていないと見なされる社員はますます頑張れなくなった。
 さすがに本田も理不尽を感じたが、頑張る意志がないのだから手の打ち用がない。
「本田さん、何かしないとやばいですよ」
 同僚の佐伯は本田より眠い人間で、頑張っていない仲間だった。
「楽そうな講習とかへ行きませんか? 座って聞いているだけでいいんだから、これなら楽ですよ」
 佐伯はプリントを見せた。
「これは有料だな」
「頑張れる方法を教えてくれるらしいですよ。講習料も安いしね」
「そういう芝居も頑張ってる評価になるのかなあ」
「やらないより、やってるほうがいいでしょ。姿勢の問題ですよ。頑張っている状態を示す証拠になりますよ」
 本田は楽そうなので同意した。
 佐伯はすぐに、補助金を申し出た。何割かを会社が負担してくれる。二人とも評価が低いので、優遇されないため、全額負担とはいかないが、講習を受けに行ったという証拠が残る。
 会場は満員だった。
「人気がありますねえ」
 佐伯が指定席を探しながら言う。
「申し込みが遅れたら、売り切れてたでしょうね」
 二人は指定席に座る。
「みんな知ってるんですよ。楽なやつを」
 佐伯はその一言を発した後、居眠り出した。
 会場を埋め尽くした受講者のほとんども眠っているはずだ。
 講師が話し始めたころ、本田も眠ることにした。
 この講習へ行ったことで評価が上がるかもしれないが、微々たるものだろうと思いながら……。
 
   了
 
 



          2007年5月14日
 

 

 

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