小説 川崎サイト

 

現代妖怪講義

 
「いにしえのことを思うと、神秘に満ちていたように思えるねえ」
「急になんですか、博士」
 寒い季節、妖怪博士宅を担当の編集者がいつものように奥の六畳のホームゴタツで妖怪博士と話している。
「憑き物のように物事には付属品のようなものがくっついておってな」
「儀式なんてそうですねえ」
「家宝とかもある。最近どの家も家宝など気にもしておらんだろ。使う用途がない。しかし、持っていることが大事。家代々に伝わるもの。こういうのが古い家にはまとわりついておる」
「妖怪もそうですね」
「そこへ持っていくのはまだ早い」
「はい」
「昔の人は縁起をよく担いだ。古い暦には怖そうな名の日がある。いい日もあるしな」
「大安吉日ですね」
「何の根拠もない。だから神秘事だ。こういうものが世間には沢山詰まっておった。絡んでおった」
「はい」
「仏事も神事もそうじゃ。仏壇や神棚が普通の家にもあった。また仏事のときの作法のようなものがあり、やってはいけない行為や順番などもある。当然仏具もある。まあ神具は普通の家にはなかったかもしれんが、そういった根拠なき根拠があった」
「でも最近は簡略されているでしょ」
「時間や手間がもったいないからじゃ。濁世のことが忙しいのでな。付き合ってられんのじゃろ」
「礼式とかもそうですねえ。単純な挨拶でも」
「だから根拠なき因果関係なきことが世間で広く行われていた時代は、妖怪も多かった。妖怪も似たようなもので、根拠はない。謂われはあっても、作り話。だから、妖怪も出放題」
「今は出ませんが」
「昔の妖怪は外に出ておった。内に出るとそれは取り憑くという、憑依じゃ。それは妖怪とは言いにくいがな。動物のように姿を現してこそ妖怪。その方が分かりやすい」
「今の妖怪はどうなのですか」
「そこじゃ」
「これからが本題ですね。核心ですね」
「期待するな」
「承知してます」
「今は内に出る」
「家にですか」
「人の中に出る」
「じゃ、憑依」
「形式は憑依系じゃが、中身はよう分からん。狐が憑いたとか、そういった分かりやすいものではない」
「病気とか」
「病気の気の箇所じゃよ」
「その気の中に妖怪が入り込んでいると」
「そうじゃな。内側なので、これは外側からは見えんし、奴らは巧妙。かなり進化した妖怪種。そのため、ビジュアル性を消しておる。形がないと妖怪らしくならんだろ。または名がなければな」
「個人の中に入り込んだ何かですか」
「昔から狐憑きとかはおるが、そこから派生したタイプ。あれはキツネではなく、ただの病じゃ。しかし、たまにその中に妖怪が本当に入り込んでいたのじゃろう。キツネといっているが、それは違う。形も名もない故、何とも言えぬだけ」
「博士」
「何じゃ」
「冬眠している間に、そんなことを考えておられたのですか」
「冬眠ではない。少し睡眠時間が長かっただけ」
「でもいつ来ても留守でしたよ。あれは寝ていたのでしょ」
「まあ、そうじゃが」
「その間、考えていたことが、そんなことですか」
「何がそんなことじゃ」
「あ、はい」
「私は古典的妖怪ではなく、現代妖怪を追っているのでな。妖怪の今の現れ方について考えておったまで」
「つまり今の妖怪は外に出ないで、内に出る。だから見えないし、分からないので、妖怪が出なくなったと思っているだけと」
「集団や、家ではなく、個人の時代になって久しい。メインは今は個人。大きな市場じゃ。人口分ある。現代妖怪もその個人向けになったということじゃ」
「個人オーダーの妖怪ですね」
「そうじゃ。そしてその妖怪、進化し、巧妙になっておる。個人のややこしい動きなどは奴らの仕業なのじゃが、違う原因に責任転換のようなことをしておる。自分が犯人だとは分からんようにな。そのため、分かりやすい原因を表に出し、自らは裏で笑っておるのじゃ」
「憑き物の一種ですね、やはり」
「憑依系の進化したものじゃ。進歩ではなく、進化。これは形そのものが変わる」
「進化とは化けると言うことですね」
「うんうん、上手いことをいうじゃないか」
「はい」
「まあ、それで終わり」
「終わりますか」
「次の策を考えておらんから」
「策とは」
「当然次に考えねばならぬのは、その抜き方じゃ」
「憑き物落とし、悪魔払いのようなものですね」
「それはまだ考えておらん。しかし腹案はある」
「何でしょう」
「妖怪は動物的で知能が低いが、進化した妖怪は賢くなりすぎた。ここが弱点だろうよ」
「はい、期待しています」
「ところで春はまだか。寒くて仕方がない」
「まだこれからが真冬ですよ」
「蓑虫のように冬眠を続けるか」
「はい、また窺います。起きておられる頃を狙って」
「ああ、そうしてくれ」
 
   了

 


2018年1月13日

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