小説 川崎サイト

 

憩いの家

 
 疋田が引っ越したということで、高村は見に行った。そこは郊外の町だが駅から少し外れた旧市街のようなところにある。鉄道が通ってから、メインは駅前になり、昔の街道が走っていた通りは寂れた。そのさらに外れ、そこはもう場末なのだが、古い民家が多い。歴史的景観とかのレベルではなく、少し古い程度で、時代劇風ではない。
 空き屋が多い。その一軒を疋田が借りているようだが、汚い家で、しかも小さい。だが敷地だけは不釣り合いに広く、しかも母屋は平屋。
 小さな門がある。ガラガラッとそれを開けるのだが、これは門というより塀のようなものだろう。左右は生け垣だが、手入れはしていないのか、尖ったものが好きな向きに伸びている。
 門らしさが一応あるのは屋根があるためだ。あまり意味はないので飾りに近い。
 母屋の玄関口までは飛び石。家は小さいが本格的だ。数歩で玄関まで行けるのだが、南向き。当然縁側がある。その部屋に疋田がいた。手招きするので、玄関からではなく庭から高村は上がった。
「どう憩うかだな」
「そんな隠居さんじゃあるまいし」
「若年寄だ」
「じゃ、働く気はもうないと」
「働きに出てもいいよ。働くことが憩いになるのならね」
「ほう」
「目的は如何に憩うかだよ」
「ここに引っ越したのもそうなの」
「うんうん。これだけのぼろ家なら、もう手を入れる必要はない。放置すればいい。まあ、借りてるだけなので、それは家主の仕事、瓦が落ちれば、家主が直す。借家の気楽さだよ」
「それで、憩えたのかい」
「部屋が少ない。風通しがいい。床下がある。縁側もね。天井裏もある。夏なんて、全部開けてしまえばいい。周囲は草むらのようになってるだろ。庭木も最初からある。これは絵に描いたような家だ。こんな家がまだあったんだ」
「それで憩えたの」
「うーん、今その最中だけど、いい感じだね」
「それはよかったねえ」
「憩うことが人生最大の目的。憩いに向かってまっしぐらだ」
「君んちは金持ちだから、そんなことができるんだよ」
「いや、マンションを買ってやるといってたけど、ここにした。こちらの方が憩えそうだからね。現にいい感じで暮らしているよ」
「庭いじりとかしてかい」
「弄らない。勝手に生えてきて、勝手に花が咲き、勝手に枯れる。放っておけばいいんだ」
「で、ここで一日いるわけ」
「いや、散歩に出るし、遠出もするし、遊びにも行く」
「憩いの家で籠もっているわけじゃないんだ」
「目的は憩い。だから憩いとは何かを考えている」
「年寄りみたいに」
「最近の年寄りは忙しそうだよ。憩ってなんていないかもしれない」
「それで分かったの? 憩いとは何かを」
「これは永遠のテーマだ。憩いとは休憩のようなもの。何かをしたあとの休憩。だから僕が今やっているのは休憩に疲れて休憩をしているようなもの」
「じゃ、憩い疲れもあるってことだね」
「憩い疲れ。うん、確かにある」
「まあ、気楽なもんだなあ」
「苦がなければ楽も分からん。ここがネックだな」
「じゃ、あまり憩っていないわけ」
「これは幸せの解釈と同じでね。自分が幸せだと感じれば、それが幸せなんだ。気持ちの問題だね」
「ほう」
「だから憩っていると思えば、それがどんな状態でも憩っていることになる」
「なったかい」
「そう思えばね。しかし、ここまでして憩えるように持ち込んだのに、憩えていないとなると、これはもったいない。だから憩えたと思うしかない」
「いや、ここは憩いの家だよ。僕も、こんなところで何もしないで、くすぶっていたいよ」
「じゃ、又貸しするよ」
「え、君が折角見付けた物件だろ」
「ちょっと飽きてきたからワンルームの牢屋のようなところに変わるつもりだ」
「ほう」
「あれは座敷牢だね。または棺桶だ」
「そこまで狭くないでしょ」
「やたら壁の方が広い」
「狭いところの方が落ち着くというしね」
「そうなんだ。それにチャレンジしようと思う」
「じゃ、ここはいつ引っ越すの」
「君次第さ。君はここに本当に住みたい? 家賃は貰うよ」
「じゃ、やめておく」
「安く貸すよ」
「ワンルームに引っ越すのなら、もう借りる必要はないと思うけど」
「ここを本家とした」
「え」
「本家は別にあるから、ここは僕の本宅かな」
「じゃ、僕は留守番か。それじゃ管理人代を貰わないと」
「そうか、又貸しじゃなく、留守番になるか」
「まあいい。ここは駅まで遠いし、君の職場も遠くなる。本宅のままにしておくよ。空き屋でもいい。ワンルームは別宅でね。本宅があるからできるんだ」
「そういう世界を作っているんだね」
「別宅の方が憩えるというじゃないか」
「ああ、なるほど」
「憩うのは意外と難しい」
「今日は、もの凄く憩えたよ」
「え」
「こんな憩えそうな家を見て、君を見て、もうすっかり憩えてしまったよ」
「その憩い、どうして手に入れた」
「来ただけよ」
「そうだな。僕は憩えていないのに、君は簡単に越えいる。不思議だね」
「そうだね」
 
   了

 


2018年1月14日

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