小説 川崎サイト

 

妖怪ポスター

 
 その先のことは分からないまま高橋は来てしまった。その地に何かあると聞いたからだ、そういった噂は当てにならない。
 その噂とは竹田の町には何かがある……という程度。何かがあるとだけで何があるのかは分からないし、何もなくはないだろう。どの町にも何かがある。特徴があろうとなかろうと、何かがあることには変わりはない。
 この何かとは、高橋が求めているもので、高橋が欲しいものがそこにあるという意味。高橋にとっての何かで、興味を引くものが何かある程度。求めている何かがあるはず。
「高橋君が好きそうな何かが竹田にありますよ」
 これを教えてくれたのは大黒というたちの悪い友達。結構ブラックな男だが、名が大黒のためだろう。悪友といってもいい。
 その大黒は高橋の好きそうなものを知っている。だからそれに該当するものが竹田町にあるはず。高橋が好むような何かが。
 しかし、竹田の町に来ても、何もなかった。何かあるはずだが、何もない。高橋が興味を引きそうなものが目に入ってこない。郊外の普通の町で、周囲の町と区別が付かないほど特徴がない。これはきっと外からでは見えないところにあるのだろう。
 それで駅前から町を一周したのだが、それらしいものはやはりない。
 しかしよく考えてみると、何かを探しているのだが、高橋にとっての何かで、具体的な何かではない。つまり高橋も何を探しているのかが分からないのだ。これでは見付からないだろう。
 竹田の町の特徴は何もなく、またその歴史も何もない。あるにはあるが平凡なもので、周囲の町と変わらない。竹田ならではの何かがないのだ。謎解きを一人でしてもらちがあかないので、年寄りが立っていたので聞いてみた。
「竹田の特長かね」
「はい」
「それより、ラーメン屋ができたらしいが、あんた知ってるか」
「知りません」
「昨日開店したらしいんだけど、何処にあるのか分からないんだ。おそらく吉岡金物店の近くだと思うんだ。廃業した店があってね。きっとそのあとにできたんだ。そっちへは滅多に行ってないので、分からないが、できたとすれば、そこしかない。しかし、今、人に聞くとそのままらしい。じゃ、ラーメン屋は何処にあるんだ。竹田は狭いからねえ、分かるはずなんだ」
「竹田の特長なんですが」
「え、何。ラーメンでしょ」
「ラーメンで有名なのですか。竹田ラーメンとか」
「いや、わしが今いっているのはラーメン屋の話なので、腰を折るな」
「あ、はい」
「そこで考えたんだ。ラーメン屋ができたことを教えてくれた男がどうも怪しい。あいつ、勘違いしてるんじゃないのか。わしがこんなに探しているのにないんだから、この町じゃなく、お隣の町かもしれん」
「竹田に何かあると聞いてきたのですか」
「そりゃあるさ。色々とね。詳しい話が聞きたいかい」
「はい、お願いします」
「これは噂だがね。この竹田の町名は竹と書くが、実は武田信玄の武と書く。それを隠すため竹田という地名がついた。これは武田家がが滅亡しただろ。勝頼の代で、家来の多くは徳川が抱えた。しかし、武田の復興を望んだ家来が、この竹田に棲み着いたんだよ。甲斐からかなり離れているけどね。これが……」
 高橋はその時代の歴史には興味がなかったので、適当に聞き流した。求めている何かではない。
「あいつ嘘を教えたのかねえ。ラーメン屋なんてできてないよ」
 高橋は老人がまだ話しているのだが、スーと立ち去った。
 すると大黒か。と、そちらを考えた。
 竹田に行けば何かあるというのは嘘だろう。本当なら、行けばすぐに分かるような何かがあるはずなのだが、ラーメン屋を探している年寄りと遭遇しても何ともならない。
 そして、その周辺をもう一度探索しながら、駅へと向かった。
 そして切符を買おうとしたとき、ポスターが目に入った。竹田妖怪祭りとなっている。これだ。探していた何かは、駅にあったのだ。確かに竹田に来れば、これが目に入るはず。これに気付いていれば、探す必要などなかった。
 会場は竹田神社境内となっている。その神社は当然見て回った。だが、そんなイベントなどなかった。
 電車が来たのか、降りてくる人がいる。地元の人らしい初老の女性二人が改札から出てきたので、聞いてみた。
「ああ、竹田の妖怪祭りかい。毎年この時期にやってるよ。行ってみたら」
「さっき、行ったのですが、何もありませんでした」
「竹田神社だよ」
「はい、竹田神社に行きました」
「私らも行ったことがないけどねえ。どんな祭りなのか、気になるけど、妖怪なんて気味悪いからねえ」
 それをニヤニヤ顔で聞いている駅員がいる。まだ若い。さっきまで改札にいた人だ。
「ポスターだけでね。これが妖怪祭りの正体」
「え」
「ポスターの妖怪なんだよ」
「しかし、これ、信じて行く人が」
「いませんよ」
「このポスター、誰が持ってきたのですか」
「ここはポスターを貼る場所じゃないんだ」
「はあ」
「この時期になると、ポスターが貼られている」
「え」
「誰かの悪戯なんだろうけど、そのうち剥がしに来るのか、消えている」
「でも竹田神社にとっては迷惑でしょ」
「これを見て行く人なんていないと思うよ」
「でも竹田神社に行っても何もない」
「妖怪が集まる月となっているでしょ。それが妖怪祭り。妖怪なんて見えないんだから、いなくて当然。でも見える人には見えるんだって」
「じゃ主催は妖怪ですか」
「そのようですねえ」
 大黒はこのポスターの噂を聞き、高橋に教えたのだろう。
 
   了

 

 


2018年1月16日

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