小説 川崎サイト



しみじみと

川崎ゆきお



 常にいかがわしい物を探している人間がいる。自分がいかがわしいためだろうか。
「本当は地味な仕事を綿々粛々とやるのが理想なんだけどね。意外とないんだよ。こういう安定した仕事が」
「それは意外ですねえ。あなたのような妙な商売をやっている人が……」
「私にも分かりませんよ。どうしてそうなったのか」
「何かの反動なんでしょうね」
「だと、思いますよ。やっていることはいかがわしいですがね、これが意外としみじみできるんですよ」
「しみじみとは、すごい情緒ですねえ」
「静かな趣ですよ」
 いかがわしい男はサンプルを取り出した。
「貝ですか?」
「国産の半額以下です」
「食べられるんでしょうね」
「まさか、毒貝を売るわけないでしょ」
 業者は貝を見つめている。
「懐かしいですなあ。この貝。日本じゃいくらでもいたんだよね」
「そうそう、私も子供の頃、よく見かけましたよ。でも捨てていましたねえ。食べられることは知ってましたがね。町工場が多くてねえ、食べる気がしなかったですよ。観賞用ですよ」
「この貝は?」
「この貝は流通していますよ。同じ産地です。食中毒のニュースはないでしょ。問題のない貝です」
「分かりました。貰いましょう」
 業者は現金で支払った。
 男は軽ワゴンから袋を降ろした。
「次はいつになります」
「それは分かりません。また、何か入ったら連絡しますよ」
「あなたへの連絡方法はないのですか?」
「勘弁してくださいよ」
「何となく分かります?」
「えっ、私の連絡先ですか?」
「いや、あなたが、しみじみするという話が」
「そうですか」
「こういう取引はしみじみします」
 業者はトラックに袋を積み込んだ。
「そうでしょ、本当は地味な仕事なんですよ」
 男は軽ワゴンで走り去った。
 もう、この町には二度と来ることはないだろう。
 業者は戻ってから袋を開けた。
「見事だ。しみじみするわい」
 袋の中はシジミの貝殻だった。
「軽いと思った……」
 
   了
 
 


          2007年5月16日
 

 

 

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