小説 川崎サイト

 

社運を賭ける

 
 何をやっているのかよく分からない部署、庶務課がある。この会社では雑用係と呼ばれているが、庶務課課長は部長待遇。元々は営業部長で、この社のメイン部署。営業部の下に複数の営業課がある。だからそこの営業部長というのは幹部であり、実力者。それが格下げされて、庶務課長になった。庶務課の上の部はこの社にはない。
 高橋営業部長が庶務課長に落とされたのは営業不振のためだといわれているが、待遇は部長。それは秘されてある。
 庶務課は対外的な仕事も多い。冠婚葬祭やクレームや、社屋の掃除や備品などの調達。だから雑用係なのだ。他の部署で処理できないことをやっているため、何が専門なのかが分からない。
 この庶務課に古参がいる。係長だが部下はいない。高橋課長はこの古参に目を付けた。この老人を動かすには上司になる必要があった。つまり古参係長の直接の上司は高橋課長となる。
 この二人、実は同期。だが親しく接したことはない。
 高橋課長が古参の庶務課長村谷に興味を示したことが過去一度だけある。それは新入社員研修旅行でのこと。この社は大企業ではないので新入社員の数も知れている。そのため複数の社から参加する研修会社によって執り行われた。この専門会社は旅行会社の子会社で、厳しいことをするわけではない。研修旅行がそうであるように、遊びなのだ。
 ただ、新入社員だけのツアーはそれなりに研修がある。
 高橋の会社からは村谷を含め、五人参加していた。今思うと、残っているのはこの二人だけ。景気が悪くなり、早期退職した。
 研修旅行は温泉地だったが、滝行のイベントを見学した。見ているだけでいい。これで精神力が付くわけではない。見学だけなので。
 滝行とは水行の一つで、所謂滝に打たれること。実際にやるのはプロ。観光用なので、修験者が雇われている。しかし、この人もそれで食べているわけではない。温泉場で働く老人だ。この人は休みの日は修験者として、山を練り歩いたりしている。
 ツアーの誘導員。これはただの案内人に近い。本当なら研修の先生だが、そんなことはしないが、もし希望があるのなら、滝行に参加しましょうと新入社員達を誘う。これは言っているだけで、聞いている側も聞いているだけ。研修旅行の中身はそんなものだが、村谷というあの同期が、進み出た。
 褌を締め、白衣に着替え、修験者と一緒に滝に打たれた。入社式後なので、もう暖かく、しかも滝といってもちょろちょろ落ちてくる程度、滝壺と呼べるほど深くはなく、水もすぐに流れるので、問題はないが、足場が悪い。滝よりも、足の裏の方が痛い。
 高橋が見たのは、まだ若い村谷の精気だった。横の修験者よりも、様になっていた。
 その頃は若いので、遊び半分、そんなことをしたのだと思っていたのだが、社内での存在は地味。フレッシュマンのはずなのだが、老けて見えた。しかし、誰も参加しない滝行に名乗りを上げたのだから、積極性があるはずだが、その後鳴かず飛ばずで年だけ重ね、庶務課の係長として部下もいない。
 おくやみの村谷さんと、庶務課では呼ばれている。冠婚葬祭の、葬式部員なのだ。社員の家族が亡くなると、花輪を手配する仕事。ここで滝行との関係が何となく分かる。そういう陰気なのが似合っている。
 高橋課長が村谷係長に目を付けたのは、最近のことで、我が社ではあの人しかいないと思ったのだ。それで格下げしてでも村谷の直接の上司になった。
 営業不振。営業部がいくら頑張っても何ともならないことはこの道一筋の高橋には分かる。人為を尽くしても無駄。だが営業の最高司令官として何とかしないといけない。しかし営業部長に収まっていても、手の打ちようがなくなっていた。
「村田君」
「あ、部長」
「いや、今は課長だよ」
「はい」
「どうだね。やってくれるかね」
「それは社命ですか」
「庶務課の仕事だ」
 高橋は営業部長のとき、一度頼んでいるが、社命でないと駄目だという。当時の庶務課長は、その手のことに興味はない。だから課長を切って、高橋が乗り込んだ。
「社命とあらば」
「やってくれるね」
「経費は」
「庶務課からいくらでも出る。それにその種の装備品等々は庶務課扱いだろ」
「しかし、護摩を焚くとなると」
「大きな換気扇を用意すればいい。場合によっては工事をしてもいい。調理場を作るといってな」
「はい」
「面倒なことは私が何とかする。これは社命だ」
「鈴が必要です。本物の。飾り鈴の本物は高いですよ」
「いちいち細かいことを言わんでいい」
「はい。じゃ、おおっぴらに執り行わさせていただきます」
「覚えているかい、研修旅行のときのこと」
「はい、ついふらっと滝行に参加しました」
「その後、そっちへ行ったんだろ」
「恥ずかしながらおっしゃる通り」
「そうだと思っていた。それでよかったんだ」
「はい、お役に立てて幸いです」
「二人のときは敬語を使うな。同期じゃないか」
「あ、はい」
 落ち込んだ営業成績、社運をこの係長に託した。
 その後、何をやり始めたのかは、想像に難しくない。
 
   了

 


2018年1月23日

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