小説 川崎サイト

 

季節外れのカマキリ

 
 増田は恨まれたかもしれない。その自覚が根付いたのがいけなかった。自覚しない方がよいのだ。よくあることで同僚を叱った。穏やかに説明したつもりなのだが、相手の古沢の表情が変わった。視覚だけではなく、何かが伝わってきた。念を感じた。
 古沢を注意する同僚は誰もいない。恨まれるのが怖いのだが、そう思わせるだけの視覚的なものが古沢にはある。触らぬ神に祟りなし、身のため。しかし誰も注意をしないので、増長していき、限界に達していた。同僚の中で一番年かさの増田が言わなければいけない。言いたくないが、丁寧に説明した。
 それが出るようになったのはドアの前。マンション三階の通路だ。カマキリのような虫がいる。この季節、カマキリがいるのかどうかまでは気付かない。カマキリに似た虫で、細いが結構長い。
 そのカマキリが部屋の中にも出るようになったあたりで、これはカマキリではないことに、やっと気付いた。廊下で何度か見ているのだが、そうたびたび見るものではないだろう。たまたまマンション内にカマキリが迷い込んだけ。蚊のようなものだ。しかし結構大きい。これが小さければ、とんでもない虫であっても、無視するだろう。
 部屋の中に入り込んだとするとベランダから。ガラス戸はよく開け閉めする。閉め忘れたときに入り込んだとしても、なぜ増田の部屋なのか。
 また、夜中にガサコソと音がする。ゴキブリが何かの上を歩いているような。しかし、このマンションに越してからはゴキブリなど見たことはない。
 次は夜中、目を覚ましたとき、小さな目を見た。直ぐそこにカマキリがいた。
 同僚の古沢との関係は、その後、変化はない。増田が注意したことは守っている。
 増田はある決心をした。何人かの知り合いを経てたどり着いた人物がいる。その老人、舗装されていない路地の奥に住んでいた。
「式神ですかな」
「そうです。飛ばされました」
「それがカマキリだと」
「そうです」
 妖怪博士は古沢との関係や、カマキリについて、詳しく聞いた。
「あなたはそれを古沢さんが飛ばした式神だと思われるわけですな」
「そうです。先生はどう思われます」
「ご婦人だけの職場では、そういうこともあるでしょう」
「じゃ、やはり式神ですね」
「そのカマキリに似た虫。その出方などから見て、おそらく」
「式神ですね」
「まあ、そうでしょうかなあ」
「式神返しとかはありませんか」
「あなた、恨みを買うようなことはしておられないでしょ。注意したのは仕事の段取りの説明でしょ。それを守らないから」
「そうです。規則というだけではなく、他の人が迷惑します。皆さんその段取り通りやっておられるので、別のことをされると」
「そんなことで恨みを抱いて式神など飛ばすでしょうか」
「そうなんです」
「そうでしょ」
「しかし、普段から暗い人で、それに根に持つタイプですし」
「はい、分かりました」
「式神返しをお願いします」
「因果というのがあります」
「はい、ありますが、それが何か」
「悪いことをすると、それがいつか自分に返ってくるとか」
「私が何か悪いことを。丁寧に説明しただけです」
「あなたのことではありません。式神を飛ばした古沢さんです」
「どういうことでしょう」
「その程度の理由で飛ばすような式神などしれています」
「はあっ」
「だから式神返しも必要ないでしょう」
「そうなんですか」
「悪い念を飛ばす人がいます。その後、古沢さんとの関係は悪くないのでしょ」
「以前と同じで、特に変化は」
「悪い念を飛ばしていないからです」
「でも、式神を」
「悪い念を式神に託したのでしょ。だからあなたへの恨みがあったとしても、もう古沢さんからは抜けています。式神に託したわけですから。それに大きな恨みを持つほどのことじゃない。その式神もたかがしれています。しばらく様子を見なされ」
「はい」
 妖怪博士に相談したが、解決しなかった。
 その後もあのカマキリが出まくった。
 ある日、ドアを開けると、カマキリがばらばらになっていた。掃除のおばさんがモップで潰したのだ。
「嫌だねえ。季節外れのカマキリなんてさ」
 といいながら、ちり取りに掃き入れた。
 その後、式神は出ていない。
 
   了

 


2018年1月24日

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