小説 川崎サイト



お節介

川崎ゆきお



 警官が立っている。交通事故でもあったのだろうか。パトカーではなく単車だ。誰かが通報したのだろう。
 人と自転車との接触事故のようだ。中年女が立っている。大怪我ではないようだ。
 接触した自転車も止まっている。中年男が事情を聞かれている。
 そこを老婆とその娘が通る。
 そして喫茶店のドアを開ける。
「事故らしいですよ」
 老婆がいきなり言う。
「お母さん、ここで話したら駄目でしょ」
 後ろの娘が言うが、初老に近いおばさんだ。
「入り口でしょ。こんなところで立ち話はできないですよ。お客さんが入ってこれないでしょ」
 老婆は娘に促され、テーブルに着く。お気に入りの窓側には先客がいるので、ひとつ奥まった席で腰を下ろす。
 窓際なら事故現場が見えるわけではないが、今の事故が気になるようだ。
 客の老婆と同年代のママがお冷やとおしぼりを運んでくる。
「事故が……」
 老婆が話しかけるが、娘が目で制止を促す。
 老婆は黙る。
 ママが注文の品を運んできた時、娘が老婆のスイッチを入れる。
「事故があったみたいですよ。警察が来てます」
「花屋のお婆さんでしょ。また騒いだんじゃないですか。閉じ込められていると言って、大声出して騒ぐんですよ。たまに警察が来てますよ」と、ママが答える。
「お年寄りが一人で出掛けると危ないですからねえ。でも、今のは違います。交通事故みたいで」
 娘が老婆に代わって言う。
「へえ、そうなんですか」
 そう言うなり、ママは奥へ消える。
 救急車が来た。音で分かる。
 娘が見に行く。
「救急車が来てますよ」
 ママも店の前から見る。
「自分で乗ってましたねえ。万が一のための検査かもしれませんね」
 老婆と娘は席に戻り、黙ったまま休憩している。
 花屋の老婆と違い、この老婆には娘が付き添っている。喫茶店へ行くのが老婆の楽しみなのだ。
 その二人が帰ったあと、ママは考えた。花屋の老婆のときもそうだが、誰が警察を呼んだのかが分からないことを。
 
   了
 
 



          2007年5月17日
 

 

 

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