小説 川崎サイト

 

目先を変える


 立花はその日、目先を変え、いつもの喫茶店ではなく、別の喫茶店へと向かった。真冬の寒い頃で、外に出ただけで風邪を引きそうな曇天。風も強く、遠い場所より、近くの店を選んだ。これを目先を変えるということだが、目の先、確かにいつもの方角とは九十度違う。そのため、目の先にある風景も違っているが、見知った通りだ。
 その前に、出掛けるとき、いつもカメラを持って行くのだが、これも目先を変えるためではないが、別のカメラを持ち出した。この二つが普段とは違うところ。
 そして通りを進んでいると、曇天のはずなのに、急に夕日が顔を覗かせた。これは写真になると思い、カメラを構えた。目先の違うカメラ、それはファインダーの違いで、確かに目先が異なる。安っぽい電子ファインダーで、鮮明ではないが、逆に新鮮だ。
 そして電子音のシャッター音がいい音色で聞こえた。何かがコロンと転がるような。その瞬間、ピッピッと警告音。液晶を見ると、カードが入ってませんと表示。カメラを交換したことを忘れたのだ。そのため、写したのに、記憶されなかった。
 そして、目先を変えるために入った喫茶店は満席で、順番待ち。何度か入ったことのある店だが、待ってまで入ろうとは思わない。以前に一度そんな日があったが、すぐに出ている。
 しかし、今日は寒いし、そんな中、別の喫茶店を探してウロウロしたくない。できるだけ外にいたくないので、目先を変えて、近くにしたのだから。
 それで仕方なく、待つために最初からあるのか、背もたれのない椅子に座る。その前に名前を記入しないといけない。喫茶店に入るだけなのに名乗らないといけない。これも目先の変化だろうか。別に変わったものを見たわけではないが、家を出るときは考えもしていなかったことだし、予想だにしていないこと。
 雑誌を流し読みしているうちに席が空いたのか、無事にテーブルまで案内されたが、カウンター席。これも予定にはない。しかし、カウンター席は窓に面しており、外を行き交う人や車が見える。今まで気付かなかったが、大きな薬局ができたのか、派手な看板と派手な色目の壁が目に入る。これも目先の違いのおまけだろう。
 目先を変える。これは一寸した刺激が欲しいのだろうが、その日は、そんな理由ではなく、寒いので近場で済まそうとしただけ。それを目先を変えるという前向きな目的にすり替えた。
 この時間帯、いつもの喫茶店へ行った場合、戻り道にスーパーがあり、そこで食材を買い、それを作って食べるのだが、目先を変えたおかげで、そんな店は近くにはなく、コンビニがあるだけ。外食できる店もない。だからコンビニ弁当が夕食になるだろう。
 目先を変えてしばらくすると、その先のことが開けてくる。予測できるようになる。日常の中では大したことは起こらないのだが、それでもいつもの風景とは違う展開になっている。
 立花はこれを活かせないものかと考えてみた。目先を変えることで、予想外のことが起こる。これを利用できないかと。
 その後、立花は、それを狙って仕事の上でも目先を変え続けているのだが、変えた目先もすぐに普通のものに取り込まれ、単に目先を変えただけの結果しか得られなかった。
 
   了




2018年2月7日

小説 川崎サイト