安田は鞄を見た。小さな縦型のショルダーバッグだった。
ポケットに詰め込めば入るほどの容量しかない。
それを駅で見た。
その男はホームで電車を待っていた。容姿も安田と似ている。
その鞄はディスカウントショップで売られていた。安い品が多いのだが、値札を読み違えたか、書き間違いかと思える値段をしていた。そういう品がたまに混ざっている。
ほとんど手作りに近い個人ブランドで、価格が高いのは、手間と材料費がかかっているためだろう。綿の生地だが、小さな穴が空いており、ソフトな感触がある。それに真鍮の金具や革で縁取りされたデザインは地味だがシンプルだ。
ポケットが忍者屋敷のように間取りされ、一つのポケットに二つの入り口があったりする。
大きな財布のようなものだが、よくあるショルダーバッグのミニサイズの形だ。
ホームの青年も、それが気に入って買ったのだろう。
安田がその鞄を放置したのは、雑誌が入らないためだ。当然書類関係は二つに折らないと入らない。この鞄はアクセサリーで、鞄としての用ではなく、鞄そのものをぶら下げたいだけで買ったようなものだと、今は考えている。
安田は、その鞄と再会し、やはり好ましく思った。しかし、使いこなす覚悟には至らない。だから放置しているのだ。
青年は小さなショルダーを軽快に揺らしながら来た電車に乗った。
サラリーマンが乗る時間帯ではないし、青年の服装もカジュアルなので、遊びに行くのだろう。学生にしては年を取りすぎている。それに大学ノートさえ入らない鞄では通学では無理がある。
安田は青年と同じ箱に乗った。
安田はナイロン生地のビジネスバッグを膝の上に置く。お膳を乗せているような感じだ。茶碗を置いても大丈夫なほど形がはっきりしている。
安田は、明日からあのショルダーを持とうと考えた。やはり、あれは見た目もよい。書類や雑誌など別に持ち運ぶ用はない。
安田は無職で、今日は買い物だ。こんなビジネスバッグなど必要はないのだ。
青年は居眠り出した。
安田はそれを見ながら、鞄を替える決心を固め出した。
了
2007年5月18日
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