小説 川崎サイト



新シャッター通り

川崎ゆきお



「商店街の入り口が急に現れたら怖いねえ。寝静まった夜の話なんだけど……」
「まだ、そんな夢を見ますか?」
「夢じゃないよ。本当にだよ」
 地元商店主二人が歩道のベンチで話している。夕暮れどきだ。
「それはどんな状態ですか?」
「状況はこうだ」
 深夜にゴミを出そうとして外に出ると、もう存在しないはずの商店街の入り口がぽっかり開いている。
 洞窟のように暗いのは、昼間でもそんな状態だったためだ。アーケードで蓋をしたことで、洞窟状態になっている。
 店のほとんどは昼間でも閉まっていた。廃業状態で、商店街として長く機能していない。
 その商店街で生まれた子供も、物心がついたころにはその状態で、ここが商店街だという認識がない。
 数年前、商店街を取り壊し、憩いの通りとして復活した。
 しかし、商店街のすべての店が潰れたり、放置していたわけではない。薬局や染め物屋などは生き残っていた。
 トンネルのように見えた通りは陽の下にさらされ、都市型の通りになった。新しい店もオープンした。
 二人が腰掛けているのはカフェの前で、アクセサリーのように置かれているテーブル席だった。
「僕はねえ、生まれた時から商店街の穴蔵で育ったんだよ。あれが取り壊されても、まだあるんだなあ」
「それはイメージだよ」
「じゃあ、幻覚なのか」
「頭の中で思い出しているだけでしょ」
「いや、場所は同じなんだな。貸本屋、饅頭屋、お茶の葉屋。あるんだなあ。昔のままで」
「そういうの、新しく来た店の人に話さないほうがいいよ」
「そうだなあ」
「故郷恋しい年になったのかなあ」
「商店街の暗がりが故郷ですか」
「そうそう。雨の日も遊べたからなあ。あのアーケードが懐かしいよ」
「で、さっきの怪談なんだけど」
「怪談?」
「商店街の入り口が出現するってやつですよ」
「ああ。冗談だよ」
「それは分かってるけど、新しくできた店も危ないらしいよ」
「じゃあ、今度は真新しいシャッター通りになるのかなあ」
「そうそう、生まれた時からシャッターを見て育つんだ」
「うんうん、じゃあ、僕らと同じだ」
 
   了
 
 


          2007年5月19日
 

 

 

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