小説 川崎サイト

 

長屋の巫女


 長屋の巫女というのがいる。長屋王の巫女ではなく、長い家の巫女。だから町内の長屋に住んでいる巫女。長屋住まいの巫女。
 妖怪博士は、そんなものがいること自体怪しいと思い、訪ねてみた。
 巫女といっても、もうお婆さんだ。若い頃から巫女をやっているらしい。どういう巫女かと問うと、神社の巫女ではなく、ただの預言者のようなものらしい。ただの預言者、そんなもの、簡単なものではないので、ただ単にできるものではない。それをずっと続けているというのだが、立派なものだ。それなりの需要があるのだろう。しかし、長屋住まいなので、儲かるような職ではないようだ。
 そこにちょっと妖怪博士は神妙さを見た。
「こんなところで何をなさっておられるのですかな」
「巫女をやっておりますの」
「それは噂で聞いておりますが、どんなことを」
「何でもやります」
「占いも」
「さようです」
「手相とか人相は」
「それはいたしませんが、そこに現れている方もおられます」
「では、私はどうかな」
「特に変わったところはありません」
「変わったところがある人もおられるわけですな」
「はい」
「どのような」
「特別な人がおられます」
「良い風に、悪い風に」
「どちらもです」
「私はどうかな」
「特に変わったことはありません」
「預言をされるとか」
「はい」
「長屋の巫女としてその業界では有名とか。私はその方面は疎いので、よく知りませんが」
「預言というほどでもありません」
「何を見て預言とするのですかな」
「何かがいます」
「いる」
「はい」
「何が」
「何かです」
「それが見えるのですかな」
「はい」
「それは大したものじゃ」
「どういたしまして」
「それはどんなものでしょうなあ」
「多くはその人の守り神のようなものでしょう」
「守護霊とかですかな」
「それとは違います。神です」
「神」
「はい、神としか言いようがありません」
「たとえば貧乏神とかも」
「はい、その類いです」
「良い神もあれば、悪い神もおられると」
「そうです」
「それを見て預言を」
「はい、具体的には分かりませんが、方向性は分かります」
「その神に支配されておるとか」
「それはありませんわ」
「じゃ、何でしょう」
「運命でございます」
「ほう」
「人には定めと申しますか、使命があります。それを果たすかどうかは本人次第です。ただ、そんなものをは果たさなくてもよろしいのですよ」
「神秘的ですなあ」
「そうですわねえ」
「私の使命や、宿命は何でしょう」
「見えませんわ」
「見えない?」
「はい」
「そういうときはどうなされるのですかな」
「分かりませんと答えるだけです」
「全てが見えるわけじゃないと」
「そうです。見せないようにしているのでしょう。その神が」
「その場合の神とは人ですか」
「遠い先祖かもしれませんし、大昔の人かもしれませんが、それは人ではありません」
「先祖なら分かりやすいのですがね」
「その先祖の人にも付いていた神でしょう」
「そして神とは人のようなものではないと」
「はい、仏様でもありません」
「困った人じゃ」
「私くしがですか」
「そうです」
「私くしも困っております。しかし、巫女が私の使命ですから、仕方なくやっておりますのよ」
「因果な稼業ですなあ」
「ところで心霊でもなければ神仏でもない何かとは何でしょうなあ。そういうことを考えたことはあるでしょう」
「精だと思います」
「精」
「はい」
「つまり、あなたは人の精気が見えるのですな」
「見えません。感じるだけです」
「それで、私にはそういう精気は感じられないと」
「私には無理なだけかもしれません」
「はい、了解しました。今日はどうも有り難うございました」
「あなたは神秘家ですか」
「あ、はい、その類いです」
「あなたの精が見えれば良かったのですがねえ。残念です」
「じゃ、これで失礼します」
 妖怪博士は、長屋から出たとき、汗をかいていた。長屋の老巫女、久しぶりに手強い相手と遭遇したのだろう。
 たまにこういう整理のつかない人物がいる。もし妖怪博士に長屋の巫女のような神通力があれば、彼女の正体が分かるのだが。
 世の中には謎のまま、得体の知れぬままの人が結構いるようだ。
 
   了


 
 


2018年3月19日

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