小説 川崎サイト



必須書

川崎ゆきお



「吉田さんは最近本は読まないのですか?」
「そうだなあ」
「何かわけがあるんですか?」
「興味がなくなったかな」
「読書好きだったじゃないですか」
 吉田は写真家を志し、頓挫している。それまでは熱心に本を読んでいた。
「僕は吉田さんの真似をしてきたんですけどね。真似というか影響ですよ」
 榊原はザイナーだが、吉田と同じように頓挫しかけている。
 二人とも同じ専門学校に通う仲で、卒業後十年になる。
「君は俺のように挫折する必要はなかったんじゃないの。そこまで真似ることはないよ」
「それより本を読まなくなった理由を教えてくださいよ。参考にしたいから」
「必須書がないんだな。これを読んでないと話には加われないようなね……まあ、読んでないと馬鹿にされる感じかな」
「それそれ、それで僕も薦められた本、無理して読みましたよ。かなり飛ばし読みでしたけどね」
「そんな本が今はないんだよね」
「だから、最近は薦めないんですね」
「みんなが読んでいるはずの本がもうないんだな」
「それは吉田さんが写真家として必要だったので、読んでいたわけですか? 恥をかかないために」
「そうかもしれんなあ、写真家辞めてからは、読まなくなったしな」
「それで理解できました」
「でも君は必要だろ。デザイナーは色々なものを見たり読んだりしないと、駄目なんじゃない」
「いや、もう駄目だからどうってことないですよ」
「そうだなあ。意気がってた時代は遠くへ去ったなあ」
「でも、今お薦めの本、ありませんか?」
「ないが、でも……何だ」
「読まなくてもいいって思うと読みたくなるんですよ」
「じゃあ、何でもいいんじゃないか」
「選ぶの大変ですよ」
「相変わらずだな君は」
「だって、本を読むのはコミュニケーションだったわけだし」
「え、意味分からんよ」
「読んでないと参加できないわけだから、読む目的がそれだったんだし」
 吉田は何となく意味が分かった。
「それなら、読むと参加できないよ。本を読まない人の集団には」
「相変わらず、面倒ですね。吉田さんは。そういうのまだ憧れてます」
「しかし、俺が薦めた本、まったく理解していなかったし、何も役に立たなかったって証拠のような発言だな」
「そ、そうなんだ」
 
   了
 
 


          2007年5月23日
 

 

 

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