小説 川崎サイト

 

奥の桜


 私鉄のおもちゃのような一両編成の電車で終点に降りると、そこから既に花見は始まっていた。
 竹下はそこではなく、山寺を抜けたところへ行くことにした。山寺周辺が一番桜が見事で、花見客もここが多い。春休みのためか子供も多くいる。
 そこを抜けたところから山の中に入っていくのだが、人通りの多い山道のようなのが続いている。シーズンでなければただのハイキング道だろう。しかし山際まで宅地のためか、散歩に来る人も多いらしい。険しい山でもなく、高くもないので、ファミリー向けのコースにもなっている。
 奥へ行くほど山らしくなるが、このあたりまでの桜は植えたもの。だから道から外れると桜はない。
 猿がいることでも有名で、枝から枝へと群れで移動している。まるで枝の道、枝に道があるかのように飛び移る枝は決まっているようで、小さな猿も、頑張って飛んでいる。
 餌付けされているため、小道近くにしか猿はいない。そこから離れると食べていくのが大変なため。
 奥へ行くに従い、年寄りが多くなる。意外と若い人よりも足が達者なため、奥まで見に行くのだろう。奥の桜として知る人ぞ知る穴場。
 花見客は少なくなるが、それでも前をゆく人は連なっている。戻ってくる人もいるので、結構賑やかだ。途中に屋台も出ている。奥の桜への入り口あたりに小さな滝があり、そこには掘っ立て小屋のような飲食店もある。海の家のようなもので、その山の家版だろうか。シーズンが終わると片付けるはず。
 滝の前で休憩している人はやはり年寄りが多いが、まだ子供も混ざっている。
 そこを過ぎてからは年寄りばかりになる。奥の桜はこの先にあるのだが、滝で引き返す人が多い。
 竹下はまだ若いが奥の桜という言い方が気になり、ただの好奇心で向かっている。
 観光向けの山道が普通のハイキングコースのように狭くなり、簡単な丸木で作った階段も消え、山道らしくなってきた。
 前を行く人は健脚の年寄りばかりのようだが、それでも下村の方が足は達者。ワーゲン部にいたので、山歩きは得意。それで追い越していくのだが、一人追い越し二人追い越し三人四人と追い越していくうちに、ある共通点を見た。共通していないことが共通点というわけではないが、軽く横顔を見るとより年寄りが多い。さっき追い越した人より、次に追い越した人の方が年がいっている。
 さらに進むと、足下が怪しい老人ばかりになる。
 奥へ行くほど年が増えるのだ。
 そして奥の桜に到着する。桜の古木だが、大きい。周囲には桜はない。奥の桜まで見に行かない人が多いのは、滝のところで桜が終わるためだろう。いずれも植えたものなので、そんなものかもしれない。
 老木の下に集まっているのはかなりの年寄りばかり。暇なのかもしれない。
 竹下が老木に近付いたとき、それら老人達が一斉に振り返った。
 竹下は軽く礼をした。
 老人達は二十人ぐらいはいるだろうか。もうこれ以上老けようがないほど老けた顔。その顔が一斉に竹下を見ながら笑い出した。
 歯のない真っ黒い口。
 ああ、これは人ではないようだと気付き、竹下は逃げた方が良さそうだと決心したとき、老人達は竹下ににじり寄ってきた。歯がないし動きも鈍いので吸血鬼系ではない。
 当てはまるものは、あれだろう。
「ゾンビ」
 
   了


2018年3月29日

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