「取り消して! 今の言葉取り消して!」
高橋は何か悪いことでも言ったらしいことは承知していたが、どの言葉なのかが分からない」
「早く取り消して」
「取り消せばいいんだな」
「そう」
「じゃ、取り消すよ」
「ちゃんと目を見て言って!」
高橋は彼女の目を見て取り消した。
「これでいいのか」
「謝って!」
高橋は何を謝ればよいのかが分からない。
「ごめんよ」
「ちゃんと目を見て謝って」
高橋は彼女の目を見て謝った。
「もっと真剣に謝って!」
高橋はあらんかぎりの演技で謝ったが、少し臭すぎたので、心配になった。
「これから、気をつけてね。二度と言わないでね」
「ああ」
高橋は何が爆弾だったのかを考えた。思い当たる候補が三つあった。どの言葉なのか、聞き返すわけにはいかない。
「言葉って、取り消せるものなんだな」
「え……?」
「いや、だから、君はそれでおさまったみたいだから」
「おさまってなんかいない」
高橋は余計なことを聞いたようだ。
「どうして、そんな言い方するの?」
また来たと高橋は感じた。
「取り消して!」
「君は何か悪いドラマでも見た?」
「何がドラマなの」
「よくあるじゃないか、そういうシーン」
「取り消して!」
「それそれ、そのフレーズだよ」
「早く取り消して!」
「分かった、取り消すよ」
「そして謝って!」
高橋は謝った。
「これで、いいんだね」
「うん」
高橋は取り消したり謝れば解決するなら安いものだと思った。
「機嫌は直ったか?」
「どうして、そんな聞き方するの! 取り消して!」
高橋は取り消し、そして謝った。
「謝れなんて言ってないわ」
高橋は謝ったことを謝った。
了
2007年5月24日
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