小説 川崎サイト

 

龍を宿す


 人の内心は分からない。時田は大人しく従順で腰も低く、愛想もいい。誰に対しても親切なので、良い人なのだ。そのようなことを常に実行し続けられるということは実際には有り得ないし、逆に不自然なので、これは何処かで意識的にやっているのだろう。
 愚弄、馬鹿にされたり、さげすまされたりしても、へいこらしている。これはストレスが溜まるだろう。
 しかし人の内心は分からない。こういう覇気のない人間なのだが、実際には覇気がある。そんなものが何処にあるのかと思うし、表面に出ることはない。覇気があるどころか、覇王なのだ。
 ただ、本当の王ではない。だが常に王になりきっている。ただしこれは内心で、言葉にも態度にも出さない。出せば滑稽だろう。
 だから人から嫌なことをされた場合や、不快な目に遭ったときは「この下郎め」と内心で思っている。「手打ちにしてくれるぞ」とか。
 進化論が果たして合っているのかどうかは分からないが、動植物はそれなりの進化を続けているらしい。時田もそういう妙な進化を遂げた妙な形をした虫や植物のように、変な進化をしたのだろう。
 時田の住む国はこの国ではなく、時田が支配する大帝国。頭の中だけの国なので、いくらでも大きく膨らませる。
 普段はへいこらしているが、その視線は上からのもの。だから、ものすごく相手を見下している。
 ただ、普段は良い人なので、敵も多くはない。どちらかといえばうまく世渡りをしている方だ。角がないためだろう。
「まだ龍を持ち続けておるのですかな」
 夢の中で予言者が語りかける。
「そうです」
「しかし龍を持っていることを悟られてはなりませんぞ」
「はい、隠し続けます」
 これは夢の中の話。龍とは王の中の王のこと。帝王を意味する。時田は夢の中で予言者から龍を宿していると告げられ、それを本気にした。ものすごく鮮明な夢で、現実よりもリアルだった。
 その後、心の中の龍が裏側に常駐し、帝王の態度を取るようになった。ただ、内心だけの話。
 しかし考えてみれば寂しい話だ。
 だが、時田には龍がいるので、へいこらしていてもストレスは溜まらない。
 人の内心は分からない。
 
   了



2018年3月31日

小説 川崎サイト