小説 川崎サイト

 

花見の怪


「花見時ですねえ。桜に関した妖怪はいませんか、妖怪博士」
 担当編集者がいつものように聞く。
「たまには自分で考えろ」
「いやいや、それでは博士の意味がありません」
「よくあるじゃろ」
「はあ、ありますねえ。専門家でも分からないことをたまに書きます」
「君が書くのかね」
「ゴーストライターです」
「それでその専門家の名前で出すのかい」
「いえ、別の名前です」
「じゃ、代筆じゃない。架空の専門家じゃな」
「はい」
「それなら今回は君が書けばよろしい」
「調べれば出てきますから、適当に書いてもいいです。花見時の妖怪なんて、結構いますから」
「じゃ、今日はこれで終わりじゃ」
「しかし、一応調べて下さい」
「調べなくても記憶にあるが、それは妖怪と言えるかどうか」
「それでいいです」
「一般にそれを怪と呼んでおる」
「はい、続けて下さい」
「まだ、調子が出ん」
「もう春ですよ。寒くないので、お元気なはず」
「元気じゃが、眠い」
「はあ」
「春は眠くてな。まあいい。どうせ眠い話になるので」
「はい」
「花見の宴じゃが、里山から少し入り込んだところにある山桜」
「はい」
「眠い」
「まだ、何も語っていませんよ」
「私も眠いが話も眠いので、眠らんようにな」
「はい、慣れていますから」
「桜の下での花見」
「はい」
「終わった」
「だから、何も語っていませんよ。妖怪も出てきません」
「桜の下にいる人達が」
「ああ、そういうことですか」
「人などいない」
「でも花見の宴を」
「それがなあ、酒宴とはまた違う。きっちりとした身なりの人達が正座し、背筋を伸ばしてゴザの上に座っておる」
「何かの儀式ですか」
「いや、お重もあるし、酒もある。だから酒宴」
「それなのに正座」
「そうじゃ」
「近付いてよく見ると、顔は動物」
「はあ」
「鹿じゃ」
「何か花札のような絵ですねえ」
「モミジではなく、桜じゃがな」
「そこは花見の名所ですか」
「里から離れておるので、そうではない」
「はい」
「花見とは関係なく、山に分け入った里人が見たらしい」
「鹿の花見」
「体は人」
「どうして、そんなことをしているのですか」
「分からんが、人なのもしれん」
「でも頭部は鹿なのでしょ」
「人か鹿かはしかと分からん」
「眠い話です」
「鹿はこの辺りでは食べ物じゃった」
「鹿肉ですか」
「昔は干し肉にし、保存食としておったらしい。それと関係しておるのかもしれんのう」
「それだけの話ですか」
「怪というのは、そういったワンインパクトものが多い」
「鹿の花見」
「どうじゃ」
「地味なので駄目です」
「じゃ、君が膨らませればよい」
「はい、そうします」
「しかし、春は眠い」
「はい」
 
   了




2018年4月2日

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