小説 川崎サイト

 

葉桜の頃


 満開の桜も散り始め、葉桜になった頃に妖怪博士宅に妙な訪問者があった。普通の人には普通の訪問者が来るもので、類は類を呼ぶのだろう。
 妖怪博士宅には訪問販売の人は一切来ない。その近所を一軒一軒セールスで回る人でも、避けて通っている。なぜか訪ねてはいけない家のように。これは怪しいからではなく、セールスは絶対に成立しないので、無駄だと分かるようだ。そんなところで時間を取られるより、他を当たった方がいい。
 しかし、たまにカンの悪いセールスマンが来ることもあるが、何事にも例外がある。
 確実に来ないのは宗教関係の人だ。
 今回は狸のような目をした丸っこい小さな人がやってきた。一見してすぐに豆狸と分かる。良く似ている。
「こちらが神秘家の先生のお宅ですか」
 最初からそんな言い方をしてくるのだから妖怪博士のことを知っている人。
「そうです」
「神秘事にお詳しいと聞きましたので、少しお頼みしたいことがありまして」
 妖怪博士はまた面倒臭そうな奴が来たと思いながらも、相手は豆狸だがきっちりとした身なりで、風呂敷包みを小脇に抱えている。そして言葉遣いも丁寧。
「世の中には神秘事というようなものは存在するのでしょうか」
「それより、何処で聞かれて来られたのですかな」
「はい、情報を得まして」
「情報」
「はい」
「私は神秘家ではなく、妖怪博士と呼ばれておりますが、まあ妖怪も神秘事のなかの一つでしょうから、それほど離れてはいませんがね」
 豆狸はまん丸い目玉をくりくりと動かす。
「呪術をご存じですね」
「はい、一応」
「では、呪術家の方をご存じですか」
「知らないこともありませんが」
「期待通りです」
「何か祈祷でも」
「もしかして、先生もお使いになられるのですか」
「え、何を使うのですかな」
「ですから、先生も呪術が使えるのですか。それなら話が早いのですが」
「使えません」
「じゃ、呪術は本当に効くものかどうか、神秘家のお立場からお教え下さい」
「効かないでしょ」
「あ、はい。あ、はい」
「じゃ、これで、終わりですな」
「本当に効かないと断定できますか」
「一般には効きません」
「じゃ、祈祷は効かない」
「それを執り行う側の気持ちの問題でしょう。安心感を得られるはずですが、これが祈祷が効いたとは言えません」
「本題に入りたいと思います」
「今のが本題でしょ」
「祈祷ではなく、呪詛について」
「あなたはどなたですかな」
「それは申せません」
「そうですか」
「呪詛が行える祈祷師のような人物をご存じですか」
「物騒なお話ですなあ」
「神秘家のお立場から、呪詛は効きますか」
「それは神秘事になります」
「はあ」
「分からないということですなあ」
「呪詛ができる人を紹介して欲しいのです」
「目的を聞きたくなりますが」
「それは申せません」
「じゃ、無理ですなあ。紹介できません」
「呪詛といえば目的はもうお分かりのはず」
「どなたがどなたに」
「申せません」
「普通は聞くでしょ」
「先生なら何とかなると聞きましたので」
「依頼者を教えて下さい」
「申せません」
 豆狸は風呂敷を開け、中から札束を取りだした。
「お礼は致します」
「紹介するだけで良いのですな」
「そうです」
「あなたは誰ですか」
「申せません」
「じゃ、駄目ですなあ」
 豆狸は風呂敷に札束を包み直していたとき、紋がちらりと見えた。
 豆狸はわざと紋を見せたのだろう。これで分かるだろうというように。
「如何ですかな」というような狸目で、妖怪博士を豆狸は見詰めた。
 妖怪博士は小さく頷いた。
 そして風呂敷のなかから札束をモロに掴み、妖怪博士の前に置いた。
「よろしくお願い申します」
 それからしばらくして、いつもの担当編集者が来たので、その話をした。
「その後、どうなったのです」
「その後かね」
「はい」
「札束が」
「分かりました。もう言われなくても」
「そうか」
「葉っぱですね」
「分かるか」
「狸に似た人が来たのでしょ。丸分かりですよ」
「そうじゃな」
「そんな古典的な話ではなく、もっと今風な妖怪談を作って下さいよ」
「ああ、そうじゃな」
 
   了




2018年4月5日

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