小説 川崎サイト

 

妖花


 冬眠は完全に眠っているが、春眠は起きているのだが、眠い。冬眠状態は何もしていないが、春眠状態は何かをしている。しかし、眠い。
 冬は冬眠している妖怪博士だが、春になると動き出す。しかし眠いようで、冬眠を延長して春眠になりつつある。しかしこの春眠は昼寝のことだ。夜は夜でしっかりと寝ている。
 春眠があれば夏眠もある。仮眠ではない。これは湿気が高く暑いとき、活動を完全にやめる植物や動物もいる。もの凄く暑い地域だ。寒くて眠るのは餌がないためだろう。植物も光が少ないと効率が悪いので、仮死状態になる。だから餌がないときは仮死状態で季節に関係なく、眠っているようだ。
 妖怪博士は餌とは関係なくよく眠る。しかし春になると妖怪も蠢き出すので、仕事が多くなる。だが一体そんな妖怪など何処で蠢いているのかは謎。それに妖怪が冬眠するものかどうかは分からない。
「春の妖怪か」
「はい」
 担当編集者が仕事を持ってきた。
「毎年そんなことを言っているように思うが」
「シーズンですから」
「妖怪に限らず、バケモノは眠っている方がいい」
「眠っているモンスターを起こしてしまう話は多いですねえ」
「封印を切ってな。だから眠らせておくに限る」
「春になると蠢き出す妖怪で、お願いします」
「虫ではないが、春になると出る妖花がおる」
「妖花ですか」
「芽を出し、葉を出し、花を咲かせる」
「はい」
「春になると庭の片隅に見かけぬ草が生えておることがある。他の雑草と混じってな」
「放置しておけばマンモスフラワーになるとか」
「そこまで派手じゃない。雑草の中に混ざっておる。しかし雑草といっても種類は多い。雑草と一括りにして、根こそぎ抜くのが普通じゃろ。雑草に価値はない。庭先などに生える雑草はそれほど種類は多くないはず。数種類じゃが、ほぼ見慣れた顔付き。その中にたまに見かけぬものが出てきておるが何せ雑草。愛でることもないし、注意深くも見てもいない。どうせ抜くのじゃからな。邪魔なものなので」
「先生宅の庭は雑草だらけですが」
「草に怨まれとうないので放置しておる。時期が来れば枯れる。抜く必要はない」
「はい」
「あまり注目されておらんから、その中に妖花が混ざっておっても気にも留めないし、その妖花、他のよくあるような草と似た姿に化けておる」
「先生宅の庭にも出ているかもしれませんねえ」
「桜が散る頃から春の草花が一斉に咲き出す。丁度今頃じゃ。茎や葉だけを見ていても分からんが、咲くと目立つ」
「その中に妖花がいるのですね」
「これがまた小さな花でなあ、咲いているのか咲いていないのかはたまたそれが花と言えるものか分からんほど地味で貧弱。華のない花。しかし、図鑑で調べてもその植物は分からん。何かの草に似ておるので、新種だとも思えん」
「まるで群衆の中にモンスターが混ざっているようなものですねえ。同じような姿だと分かりません」
「そうじゃな」
「それで」
「続きか」
「どういうことをする妖花ですか」
「何もせん」
「はあ」
「咲いておるだけ」
「地味です」
「これは地霊の使い魔」
「そうなんですか」
「地面から湧き出したようなもの」
「それで、どのようなことを」
「何もせん」
「はい」
「ただ、妖怪らしさはある」
「どのような」
「目立たないところで目立たないように成長し、目立たない花を咲かせるが、さっとそれで消えてしまう。根こそぎな。しかし、消えたことそのことすら誰も知らない」
「その正体は地霊だということですが、何をしているのでしょう」
「まあ、あくびじゃろ」
「欠伸」
「ガス抜きのようなもの」
「はあ」
「だから妖花は地面から湧き出たようなもの。泡となり後は消えるだけ」
「もっと景気の良い妖怪でお願いします」
「バブル妖怪なので、景気は良いはず」
「でも消えてしまうので、景気は悪いです」
「そうじゃな」
 
   了
 

 
 


2018年4月12日

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