小説 川崎サイト

 

黄龍が昇った


 降りそうで降らない空模様。青空が濁り、厚い灰色がかり、紫もかかっている。異様な空の色。覆っているその色の上はきっと青空で、黄龍が昇っているかもしれない。しかし、人はそれを見ることはできないが、さらに上からなら見えるはず。高い山からなら、この覆っている紫の雲が下に見えるはず。だが、近くにそんな高い山はない。
「黄龍を見たと」
「はい」
 実際には見えたかしれない、見えたように思えた程度。下からは見えないのだから。
「黄龍が昇るとなると、異変が起こる。王が替わるやもしれぬ」
「では誰が」
「誰が昇ったかじゃ」
「思い当たる方はおられますか」
「少なくても今の有力者達の中の一人ではない」
「じゃ、誰ですか」
「分からぬ。黄龍が昇ったということは、これは始まり。まだ身分の低い者かもしれんし、今、産まれたのかもしれんしのう」
「今、産まれた者なら、先の話ですね。赤ん坊では王になれません」
「または、王になる道を得たものじゃ。王になる運命にある。それだと早いかもしれん」
 今にも降りそうな空だが、まだ降らない。
「紫の空。これも気になる」
「降り出しました」
「来たか」
「はい」
「ここでは濡れる。雨具を用意せなんだ」
「では、何処かで軒を借りましょう」
 貧しい家並みが続く軒下を借り、雨がゆくのを待っているとき、軒の奥から赤ん坊の泣き声。
「黄龍が昇った日に産まれた赤子のようじゃな」
「それが王に」
「男女か聞いて参れ」
「ここから声を掛ければ聞けます」
「そうか」
 赤子は女の子だった。
「違っていたのう」
「でも女王という可能性も」
「このこと、覚えておこう」
「はい」
 その後十数年経過し、この地方はまだ動乱が続いていた。
 あのときの二人が、再び軒を借りたあの家を訪ねた。
「十数年前、ここで産まれた女の子はその後どうなりましたかな」
 親もこの二人のことを覚えていた。身分の高い人が雨宿りしていたこと、赤子が産まれたとき、そこにいたこと。そして男の子か女の子かと訊いたことも。
「あの子は幼くして亡くなりました」
「おお、それは可哀想に」
 二人は立ち去った。
「女王にはなれんかったのか」
「そうですねえ」
「しかし、お前は本当に黄龍が昇るのを見たのか」
「昇るように見えました」
「あの厚い雲の上は流石に見えんじゃろ」
「それが、上の青い空を昇って行く様を」
「見たように思えただけじゃな」
「あ、はい」
「仕方がない」
「残念です。この地を統一するはずの者は幼くして亡くなったのでは」
「仕方がない。わしがやるか」
「そうなさいませ。旦那様こそが、その者だったのかもしれませんから」
「しかし、わしでは絵にならんじゃろ」
「そ、そうですねえ」
 
   了
 



2018年4月14日

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