小説 川崎サイト



妬みの家

川崎ゆきお



 奥田は巻島の家をテレビで見て驚いた。嫉妬心が込み上がった。
「テレビでやってましたねえ。巻島さんの」
 元弟子の桑田からの電話。
「一々、電話するなよ」
「再放送もあるみたいなんで、見たらいいですよ。知り合いに有名な建築家がいるでしょう。きっと彼の設計ですよ。巻島さんらしい建物でしたよ。砦みたいな木造の……」
「その話はもういい」
「でも、稼いでいたんですねえ。木造アパートで暮らしてそうな雰囲気なのにね。お孫さんもいるんですねえ。ちゃんと家庭があったんだ」
「もういいから、切るよ」
「ちょっと、待ってくださいよ先生。気持ちは弟子の僕が一番よく分かります」
「何が分かるんだ。それに君はもう弟子じゃない。別の仕事をやってるじゃないか」
「今も心の師ですよ」
「そんなことで電話をしてきたのか」
「最近用事がないもんで、電話できなかったんですよ。巻島さんの屋敷、テレビでやってたので、こんなおりでないと電話できないから」
「いつでも電話すればいいじゃないか。巻島のことでかけてくる必要はないだろ」
「だって先生の昔の仲間でしょ」
「仲間は色々いたよ」
「成功したのは巻島さんだけでしたねえ」
「周囲にいい人がいたんだよ」
「建築家の先生もそうですねえ。有名なプロデューサーもいましたよね」
「みんなもう大御所だ」
 奥田はますます不快になる。弟子の桑田は、巻島と奥田を比べているのだ。無名のまま枯れてしまった師に比べ、巻島の成功を。
「でも、先生勝ってますねえ」
「何がだ」
「久しぶりに見た巻島さんですがね。弱ってますよ」
「年老いただけだろ。いきなり老け込んだ顔を見たからだろ」
「長くないですよ」
「それは私も同じだよ」
「巻島さん、最近仕事していませんよ」
「私は、もっと前から仕事はしておらん」
「身体が悪いと見ましたねえ」
「私はもっと悪いよ」
「ですけどね、同じように悪くても、成功者の最後は哀れですよ。もう、あの屋敷も過去の栄光も虚しいものになりますからねえ。逆にね」
「何が言いたいんだ」
「要するにに、妬みをそういうふうに解釈して、平穏を得るんですよ」
「もういいから切るぞ」
「最後に一言」
「何だ」
「先生を妬む人間はいませんよ」
 奥田は電話を切り、カップラーメンに湯を注いだ。
 
   了
 
 
 


          2007年5月26日
 

 

 

小説 川崎サイト