小説 川崎サイト

 

走る夢


 吉田は風邪で伏せっているとき夢を見た。普段は夢は見ない。弱っているときに見る。その夢は野原を駆けているシーン。追いかけているのか追いかけられているのかは覚えていない。ただものすごい勢いで走っている。
 この野原は草原。しかも平野部。そんな風景は近所にはないし、国内にもないだろう。広い平野で、山は遙か彼方。そんな場所なら農地になっているはず。しかし何もない。ただの草むらが続いている。
 これは遊牧民が暮らすような場所。だからその記憶は何かの映像から来ているのだろう。
 吉田はすぐに思い出した。数日前に見た海外のテレビドラマ。現代劇ではない。もっと昔の王朝物だ。そこで戦いがあった。
 これでタネが分かったのだが、追いかけているのか追いかけられているのかは謎のまま。周囲に誰かがいたはずだが、誰なのかは分からない。一緒に逃げている人間か、または追いかけている人間かも分からないが、何人かの人がいる。しかし人だと分かる程度で、どんな服装をしていたのかまでは見えない。人の形をしたものが流れている程度。大群衆ではない。それが兵なら分かりやすい。テレビドラマそのものなので。
 草原を走っている夢だが、実際には走り出したときに目が覚めた。大きな寝返りを打ち、布団から出ていた。畳に頭があった。その畳が草原だったのかもしれない。
 覚えているのは目覚めるまでの短いシーン、ほんの数秒。今まさに走ろうとし、走り出したとき、起きた。その手前に何かあったはずなのだが、あったという記憶があるだけで、中身までは覚えていない。だから夢が中断した数秒前だけを覚えており、その前は何だったのかは記憶にない。
 逃げているのか追いかけているのかが曖昧なのはその手前のシーンが分からないためだ。
 起きたとき、寝汗もかいていないし、息も荒れていない。怖かったとも感じていない。だから悪夢ではない。
 追いかけているのか逃げているのか、そのどちらかだが、そのどちらでもないとすれば、ただ単に走ろうとしているだけの夢なのかもしれない。
 
   了


  


2018年4月19日

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