小説 川崎サイト

 

春爛漫


 春本番。草花が一斉に咲き誇り、百花絢爛。季候もよく春爛漫、気持ちも天性爛漫になる季節。夏を待たずに開放的になる。冬場閉ざしていた心も開き、蠢き始める。虫の蠢動だけではなく、人も動き出す。
「警戒すべきですなあ、この季節」
「陽気に誘われ、怪しい動きをする輩が出かねませんからね」
「既に出ておる」
「おお、どこに」
「わしらだ」
「ああ、そうでございますなあ」
「まあ、わしらは理性の押さえがあるが、他の輩は野放し」
「それまで大人しゅうしておりましたのに、この季節になると動き出すとは、単純な連中」
「だからこそ人が栄える」
「あちらからそれらしき輩が来よります」
「隠れろ。巻き込まれるとまずい」
「見るからに浮かれ者。あの手の者を相手にする必要はない」
「しかし、隙だらけ」
「あれが構えじゃ。誘っておる」
「はい、油断できませんなあ」
「類は類を知る」
「我々もそうですなあ」
「我が身を見ておるようなもの。わざとらしくて見ておれん」
「我々もそうではないですか」
「そこじゃ」
「はい」
「だから同類が憎い」
「自分が憎いからですな」
「そうじゃ。やっつけてやろうか」
「無駄な殺生は」
「少し脅かすだけじゃ」
「やりますか」
「いや、気付かれたようじゃ」
「ほう、避けたようですな」
「追いかけるまでもない」
「一応追いかける振りをして、脅かしましょう。走って逃げるところを見たいです」
「よし、いいだろう」
「あ」
「どうした」
「後ろ」
「後ろがどうした」
「浮かれものが大勢こちらを見てます。振り返らないで下さい。見てはいけない」
「分かった。このまま行こう」
「先ほどの輩はもういませんなあ」
「そこに畑がある。草が伸びておる」
「花ではなく、草など見ても仕方がありませんぞ」
「いや、畑に降りる」
「はい」
「何をなさるわけですか」
「後方の目を誤魔化す」
「何をして」
「畑の草むしり」
「それはまた地味なことを」
「これで、後ろの連中は無視するじゃろう」
「なるほど」
「しかし、凄い草いきれですなあ」
「暑いほどじゃからな。むっとする草の匂いじゃ。これは欲望の匂いじゃよ」
「むしりますか」
「地味にな」
「はい」
「今、横を通る。このまま通り過ぎるじゃろう」
「はい、しかし、生々しいですなあ。この草は」
「行ったようじゃ」
「よかったですなあ。多勢ですからなあ」
「しかし、ここは何の畑だろう。これだけ草が伸び放題では、何ともならんはず」
「きっと、地味なことをするのが嫌で、放置したのでしょう」
「畑の持ち主も浮かれ者じゃったか」
「そのようで」
「さて、わしらもあのような浮かれ者を見飽きた。地味な暮らしに戻るか」
「はい、その方がよろしいようで」
 
   了


 


2018年4月24日

小説 川崎サイト