小説 川崎サイト

 

本物志向


「本物とは何でしょう」
「本格的なものでしょうねえ」
「言い方が違うだけですねえ」
「対象の違いもあります」
「本物とは何でしょう」
「本当のものでしょうか」
「本当。それも言い方が違うだけで」
「まあ、格が違うということでしょ」
「格が高いと、あるところから、本物のレベルに達するのですか。それともやっていることが、そもそも違うのですか」
「まあ、上等なものです」
「格が高いから、上等」
「そうです。それと正統派でしょうねえ」
「異端では駄目だと」
「異端も正統派になることもありますよ。よく聞くでしょ、最初は邪道扱いだったのだが、いつの間にかそれが王道になり、主流になったとか」
「じゃ、本物とは何でしょう」
「本当のもの、正解のようなものです」
「しかし、世の中色々とありますよね。様々なやり方とかが」
「それがものになれば、本物でしょう」
「ものになるということは、使えるということですね」
「そうです」
「私は本格的なものに対してプレッシャーがありましてねえ。それを避けて、別の方法を探したり、風変わりなものや、変態、変種へと走りましたが、どれ一つものになりませんでした。それで最近本格的なものに戻ることにしたのですが」
「好きなようにしなさい」
「それで本物志向に目覚めたのですが、やはり本物はいいですねえ。本格的といいますか、定番中の定番は。やはり安定感があります」
「本物ですからね」
「本物の中にも偽物があるのでしょうねえ」
「あるでしょうねえ。数が多いと。しかし弱い目の本物で、間違ってはいません。本物の中でも格差がある程度」
「でも明らかに偽物がいるんじゃないのですか」
「偽物とは本物に似せたタイプですから、やはりこれも本物なのです。偽損ねているだけで」
「しかし本物や本格的というのは苦しいですなあ」
「だから離脱する人が多いのです。我慢が足りないのでしょ。それと力がなければ本物にはなれません。だから力がなくてもやっていけるものに走ったりするものです。これは悪いことじゃありませんがね」
「私は色々と寄り道をしましたが、これからは本物を目指します」
「それで、ここへ戻って来たのですか」
「そうです。また一からやり直します」
「しかしあなた、もうお年で先はありませんよ」
「いえ、本物の片鱗に触れるだけでも満足です」
「しかしあなたは邪道がお似合いだ。そちらの方が力があります。実は本物も崩れるのです。だから何が本物かなんて、時代によるのです。だからあなたは邪道を進みなさい」
「え、そうなんですか」
「正道も邪道もありません」
「あ、はい」
 
   了




2018年5月3日

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