小説 川崎サイト

 

雨男


「雨で何ともなりませんなあ」
「あなたそれ、何十回言ってます」
「え」
「百回を超えてますよ」
「百回。なるほど雨の降る日百回。これはありうる回数ですなあ。しかし、今まで雨が降った日はもっと多いでしょうが、毎回毎回言ってるわけじゃないですよ。この前、雨が降ってましたねえ」
「さあ、記憶にありません」
「私は覚えています。ボロ靴では濡れるので、新しい靴を買うきっかけとなった雨でした。そのとき、私、あなたに、雨が降ってますとは言わなかった。つまり雨話題は一切しませんでしたよ」
「細かい話を」
「だから、毎回毎回雨が降ってます降ってます。雨で往生します。困ったもんだ。雨で何ともならん、なんてことを言い続けているわけじゃない。言わないときもあるんだから」
「では、雨が降っているときに雨の話題をなさらな日はどうしてですか」
「他に喋ることがあるからです。雨の話などしておる場合じゃない」
「じゃ。話題がないときは雨ですか」
「いや、話題があっても、雨話をするときもありますよ。ちょっと印象が違うと言いますか、趣きが違う雨の降り方や、かなり厳しい降り方をしたいたときとか」
「では今日はどうですか」
「何が」
「だから、他に喋ることがあっても、どうしても雨の話がしたい日ですか」
「いや、したくない日です。雨で何ともならんと言ってみたかっただけで、続きはありません」
「しかし、長い続き話になってますよ」
「そうですか」
「だって、ずっと雨の話で始終です。私、今日は用事があるので、先に帰ります」
「あ、そう」
「明日も雨の話、しますか」
「降っていなければしません」
「あ、そう」
「その代わり、今日は雨が降ってませんなあとなりますが」
「やはり雨ですか」
「はい、好きなんです。雨が」
「はい、じゃ、また明日」
「はい、ごきげんよう」
 
   了


2018年5月15日

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