小説 川崎サイト





川崎ゆきお



 木を見て森を見ず……。沢田はこの言葉を思い出しながら森を歩いている。
 森の中を歩きたいと沢田は思っていたが、森がない。森はあるが、沢田の知っている森は山の中の森だ。
 木の沢山生えている場所は森ではなく山だと沢田は思っている。森の中の小道は山の中の山道だ。
 沢田は今、森の中を歩いている。やっと捜し当てた平野部の森だ。しかし、すぐに抜けてしまうほど狭い。
 沢田の住む場所は都市近郊の平野部で、丘さえない平坦な地形だ。大昔は森だったはずなのだが、その痕跡は残っていない。
 沢田が思っている森とは、平野部の森で、稲作以前の時代の森だろう。
 山の木は植林されたものに変わっているはずで、不自然な自然を見ていることになり、本物の森と接する機会など近辺にはないはずだ。
 ところが沢田は近所で見つけたのだ。鎮守の森ではない。神木はないが、巨木が何本も伸び、大きな塊のように見えた。
 近所とはいえ、家からは遠く、馴染みのない町だ。また、森など意識して暮らしていたわけではないので、目に入っても無視していたのだろう。
 森を探している時に、こんもりとした緑の塊を見ると嬉しいものだ。
 昔、そこに大きな寺があったようだ。早い時期に廃寺となり、敷地内が森になった。伐らないで放置していたため、自然な生態で形ができた感じだ。
 枯れるものは枯れ、生き残った大木や潅木や下草が、それぞれポジションを得ている。
 廃寺跡は横のお寺の私有地らしい。墓石が並んでいるが檀家も多くないようだし、霊園にする気もないようだ。
 森の周囲は宅地で、通り抜けられるような小道もある。舗装はされていない。木の根が小道を波打たせている。草を抜いただけの通り道だ。
 自転車のタイヤ跡もある。犬の散歩場所としてはもってこいだろう。近所の飼い犬は幸せだ。
 木を見て森を見ず……の言葉を沢田はまた思い出した。森の中に分け入ると森が見えない。木が見える。やはり遠くからでないと、森という塊は見えないことを知る。
 沢田は小道から離れ、茂みの中に入り込んだ。笹が生い茂っている。大昔は笹原だったのかもしれない。
 沢田は樹海に飲み込まれたような錯覚を覚えた。
 そして、その錯覚が長く続くように祈りながら、森の中を彷徨った。
 
   了
 
 



          2007年5月29日
 

 

 

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