小説 川崎サイト

 

月日


 いつの間にか日が過ぎていく。それはやるべきことをやっていないためだと田中は考えた。そんなことを考えている暇があれば、そのやるべきことをさっさと片付ければいいのだが、そうはいかないらしい。さっさとできない事情がある。
 では、やるべきことをスラスラと片付けた場合は月日が立つのが遅いのかというと、そうでもないらしい。
 しかし、色々なことを詰め込んで懸命にやっていると、逆にあっという間に日が過ぎることもある。ひと月分の用件を一週間でやってしまったときなどは、月日を早く感じるかどうか。それとも遅く感じるかどうか。後者の場合、やってるときは一日が目まぐるしくて早いが、やり終えると、まだ一週間しか立っていないことになり、これは遅く感じる。しかしやっているときは早い。そのため、一日などあっという間に過ぎてしまう。
 だが、色々なことが一杯あった一日は、長い一日だったと思うこともある。
 ではやるべきことをしないと月日が早く感じるのは何故か。これは単純なことで、期限などがある場合、その日が迫って来ると早く感じる。やるべきことのスピードよりも日の方が早い。当然の話で、そんな気になるとかの話ではなさそうだ。
 また、嫌なことが先にある場合、その日がもの凄く早く来てしまう。逆にいいことがある場合、なかなかその日が来ない。
 それらはいつ考えるかだ。そして何に関しての時なのかも。何も考えていなければ、月並みのスピードだろう。頭の中に含んでいるものとの関係で遅い早いが決まるのだが、その含んでいるものは一つや二つではないはず。だから一つはもの凄く早く、一つはもの凄く遅いとするとば平均的な速さになるかもしれない。
 そして時間経過を意識するのは、何かのきっかけがいる。腹が空いたことがきっかけで、まだ食べていないことが分かる。あっという間に時間が過ぎ去ったので、食べる時間を過ぎていたとか。
 時というのは厄介なもので、扱いにくい。物や空間がなければ時もない。物の変化で時ができるようなものか、時の変化で物が変わるのかは分からないが。
 さて、田中だが、やるべきことをしていないので、あっという間に日が過ぎ去ったことを感じたのだが、これは先が厳しくなり、時間が足りないか、さらに遅れることからの感想だろう。時の速さのせいではなく、田中自身の問題。時を刻んでいるのは実は田中だったりする。
「月日が立つの早いものですなあ」
 田中は期限に遅れた言い訳けをするしかなかった。
「あっという間に日が過ぎていきましたとさ」
 要するに言い訳を始めただけ。
「月日短し、そして、人生も短きかな」
 今度は歌い出した。
 
   了





2018年5月21日

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