小説 川崎サイト

 

重荷を下ろす


 背中の荷物を下ろす。身軽になる。よく聞く話だ。佐伯はそれを思い出し、リュックの荷物を減らしたわけではない。荷物はあるが、背ではなく、肩にぶら下げるショルダーバッグ。だから背中ではなく肩の荷を下ろす、となるが、似たような場所だ。ただショルダーの場合どちらかの肩に負荷がかかる。細かい違いはあるが、肩の荷を下ろすとは全部だろうか。
 実際にはそういう鞄の中身ではなく、責務とか、抱えている問題とか、そっちのこと。これはわざわざ言わなくてもいいことだが、イメージとしては背中に背負っていた荷物をどさっと下ろしている絵が浮かぶ。しかし山登り中ではまた背負い直さないといけない。そこに放置するわけにはいかないだろうし、必要なものが入っていたりする。だが、重いリュックを下ろしたとき、楽になる。これはイメージではなく、体験している人が多いはず。山登りでなくても。
 それで佐伯は何を背負っているのかを確認した。大して重い荷は背負っていないのだが、それが最近重く感じられるようになった。昔はもっと重荷だったのだから、その頃に比べれば軽い方。
「肩の荷を下ろしてほっとしたいわけですな」
「そうです」
「何を背負われておられました?」
「石のようなものが」
「石」
「はい」
「石を背負っておる人など見かけませんよ」
「だから、石のようにずしっとくるものです」
「そうでしょうなあ。石など背負う必要はないはずです。そんな用事は滅多にない。漬け物石をもらって、それを運ぶとかならありましょうが」
「だからその意味での石ではなく、何も背負っていないのに、背中が重いのです」
「マッサージとか整骨院へは」
「行ってません。だから、そういう物理的な重さではなく」
「でも背中に石を背負っているような重みがあるのでしょ。だから石じゃないのですか」
「石ではありませんが、子供にしがみつかれているような」
「じゃ、子泣き爺でしょ」
「やはり」
「思い当たりますか」
「郊外のひっそりとした裏山で用を足しました」
「小ですか」
「いや大」
「要は便意を催したの野ぐそしたと」
「人も通る里山ですので、祠の裏で」
「はい」
「それからです。背中が重くなったのは」
「その祠に祭られている何者かがバチを与えたのでしょう」
「急に重くなったので、近所の人に聞きました」
「何を」
「だから、あの祠に祭られているものです」
「ああ、当然ですなあ。しかし、すぐに祠を注目されたのは賢明です」
「いえいえ」
「それで、何が祭られていたわけですかな」
「分からないらしいです」
「中には何が」
「漬け物石のような石饅頭だけとか」
「その石の大きさ分程度の重さではありませんか」
「そうです。その石ほどの重さをずっと背中に感じています」
「今もですか」
「はい」
「きっと子泣き爺の親戚のようなやつがしがみついているのでしょ」
「ここへ来れば治ると聞きました」
「ここは整骨院や整形外科じゃありません」
「しかし、根本原因が凝りではありませんから」
「分かりました」
 妖怪博士は客の背中に御札をサロンパスのように貼り付けた。
「あ、そこじゃなかと、もちっと左」
 妖怪博士は貼り直した。
 妖怪を払うよりも、こういう客は適当に追い払うことにしているようだ。
 客はそれで背中が楽になったというのだから、不思議な話。
 
   了


2018年5月22日

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