小説 川崎サイト

 

後ろの自転車


 気のせいではなく、気配だけではなく、本当に誰かが後ろら来ていたように思えた。思うだけならならどうとでも思えるが、視野の中に、確かに人が入った。後ろからだ。振り返って見たわけではないが、目の端に確実にいるのが分かった。だから錯覚ではない。
 お茶の時間、丑三つ時ではない。三時のおやつ。竹中は休憩時間、仕事場ではなく、近所の喫茶店まで行き、一服する。おやつは食べないが、コーヒーを飲む。昼の休憩ほどは長くはないが、それぐらいの時間は取れる。
 外の用事でもあれば、ついでに寄るのだが、その午後は用もないのに席を外した。いてもいなくても、困らないはず。
 仕事場が禁煙になっているため、外に出て吸いたいというのもあり、ない用事を作って出ることもあるが、最近は確信犯で、最初から喫茶店へ行くことにしている。その程度の融通は利く職場で、またその地位にあるためだろう。ここでは偉いさんの中に入る。
 竹中の上役は滅多に来ないので、勝手なことができるのだろうか。
 それでも仕事場から喫茶店まではやや遠い。近くにそんな店はない。それで少しは遠慮して、仕事場の自転車を借りて出掛けていた。その道中での話だ。交差点を抜けたところで、後続の自転車があることが分かった。交差点で曲がり込んできたのだろう。
 後ろを見なくても気配で分かる。この気配は音。自転車は静かなので、気付きにくいが、カシャッという音がしていた。
 竹中はいつもゆっくりと走っており、どうせ追い越されることになる。だから後ろの自転車もすぐに追い越すだろうと思い、できるだけ左に寄りながら走っていたのだが、なかなか右側に見えてこない。 音だけの気配ではなく、交差点を渡るとき、目の端で回り込んでくる自転車を捉えている。しっかりと見たわけではないが、動くものがあった。頼りない話だが、もの凄く重要なことではないので、真剣に見るようなことでもない。
 そしてなかなか追い越してこないので、自分よりも遅い人がいるだろうと思うことにした。既に気配は消えている。音もしていない。
 喫茶店は次の交差点を右に回った角にある。左端を走っているので、後ろをそのとき初めて確認した。いきなり左側から右側へ移動するわけにはいかないためだ。完全に振り返らなくても、目の端に何も見えていなければOK程度の首の回し方でいい。しかし、あの自転車が気になるので、しっかりと真後ろを見た。
 先ほど渡った交差点まで遠目で見えるが、人も車も自転車の姿もない。
 ではあの自転車は何処に消えたのだろと思いながら、喫茶店の駐輪場に入る。
 枝道が数本ある。その一つに入ったのかもしれないし、また道沿いに家があり、そこの人だったのかもしれない。
 しかし竹中の感じていたものはそんなものではなく、嫌なものが後ろから来ているような気がしていた。だからただの後ろからの自転車ならそれほど意識的にはならなかっただろう。
 そして喫茶店に入り、一服していると、一人客が入って来た。そして隅っこの席にすっと座る。竹中の位置からでは後ろ姿。しかし、はっきりと確信が持てた。この男だと。
 
   了


 


2018年5月25日

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