小説 川崎サイト

 

調子の良い朝


 大下は目覚めは遅かったが、朝、出かけるとき、自転車のペダルが軽い。小雨だが傘を差すほどでもない。風向きが昨日とは違うのかもしれない。いつもは向かい風。しかしそれではないようで、強く踏んでも負担がない。しんどいとは感じない。
 これはどうしたことかと考えるのだが、それで普通だろう。最近体調が悪く、体が重かったので、それが回復したのかもしれない。その証拠に起きるのが遅かった。いつもなら早く目が覚めすぎた。悪いときはそんなもので、意外と早起きになる。寝るにも体力がいる。
 それはいいのだが、この調子の良さは危険。体も気力にも勢いがありすぎる。これはブレーキが必要だろう。しかし、それも普通の状態で、深く考えることではない。
 最初の信号が青になってからしばらく立つのが分かっているので、急げば間に合う。これもしんどいときはどうせ間に合わないのだからと逆にゆっくりと進む。さて、それはどちらがいいのだろう。
 次は大きな交差点で信号のないところを渡る。今朝は調子が良いので、流れの隙間を狙ってさっと飛び出しそうになる。最近は充分渡れる距離でも待つことが多かった。サッと渡れば渡れないこともないが、クラクションを鳴らされることがある。そこのけそこのけお馬が通るではないが、邪魔立てする者は許さんとばかり、大声で怒鳴っているようなものだ。朝からそんな音を聞き、不快な思いをしたくない。余程急いでいるときは、手を上げるとか、お辞儀をすれば、クラクションは鳴らない。
 今朝はどうか。勢いがあるので、サッと渡る気になっているが、いや待てよう。と、一息入れる。この余裕が大事で、さっと渡れたからといっても到着時間に大差はない。生き急ぎは死に急ぎ。
 大下は勢いをセーブし、無事仕事場に到着した。無事も何もない。途中でどうかなったことなど一度もない。しかし可能性はある。
 だが、気にしているときは何も起こらず、油断しているときにいきなり災難は来る。これは因果関係はない。一方的に来る。タイミング的な偶発的な何かが。これは避けようがないが、油断しないことで回避できることもある。
 仕事場に到着したのはいいのだが、ビルのシャッターが閉まっている。早く来すぎたわけではない。開始の一時間前から開いているのだから。
 しかし、早い目に来たことは確かで、いつもよりも十分ほど早い。五分前でもジャストでも関係はない。仕事が始まるのは半時間ほどしてからで、そこに間に合えばいい。
 何故だろうと思いながら二階や三階を見るが、明かりが灯っていない。
 そのうち同僚が来た。
「閉まっているんだけど」
「本当だ」
「聞いてませんか」
「聞いてないよ」
「じゃ、なんでしょ」
「やったんじゃないの」
「やった?」
「閉鎖したんだよ。急に」
「それなら連絡がありそうなものだけど」
「逃げたんだよ」
「はあ」
 大下は朝から調子が良かったのは、これだったのか、と判明した。
 因果関係はない。
 
   了


2018年6月4日

小説 川崎サイト