小説 川崎サイト



和尚夜話

川崎ゆきお



「どうして自分のことしか考えない時代になったのかねえ」
「和尚、それは昔からでしょ」
「いや、昔は、今ほどには」
「露骨に主張するようになったからじゃありませんか」
「昔からとは、いつじゃ」
「原始時代からですよ」
「そうじゃのう、動物はそうだしのう」
「それと、余裕がないのでしょ。忙しくて、他人のことなどかまってられないんですよ」
「それそれ、だから、少し前までは、時間に余裕があったんじゃ。こうして無駄話で一日が暮れるような日もあったのう」
「和尚の若い頃ですか」
「のんびりしておったぞ。やることが少なかったんじゃ。だから、人の世話もできた」
「お伽話を連想しました」
「さすがに今は忙しい。わしとて忙しい」
「自分のことで一杯なんですよ。自分のこともできていないのに、人のこと考えるのは早いでしょ」
「それでも、露骨すぎる」
「和尚の説法聞きに来る人はいい人でしょ」
「そうじゃなあ。聞きに来る必要はない暇な婆さんたちだ。わしが説法したい連中は寄り付きもせん」
「知らないんじゃないですか。宣伝不足ですよ」
「そこまで世話する必要はなかろう。料金は取っとらんのじゃから」
「和尚の説法も自分のためですか」
「露骨な聞き方じゃなあ」
「語っていて自己陶酔するとか」
「たまにな。それを法悦と言う」
「元々芸の始まりは、そんな感じなんでしょうね」
「芸か。まあ、面白おかしゅう聞かせるにはコツがあってなあ。それを磨くのが楽しみなんじゃよ」
「やはり、自分のためなんですね」
「そうかもしれんなあ」
「今日のできはどうでした?」
「受けると思ったところがこけた」
「滑りましたか」
「まだまだじゃ」
「でも、自分のことばかり考えていては、駄目だというのは、かなり難しいテーマですねえ」
「念仏のように繰り返せばいいことじゃ」
「宗教はそれができるから、なくならないんですねえ」
「君らしくないぞ。話を合わせることはない」
「他力本願って、いいですねえ」
「他人様のお陰で生きておることを知るべきじゃ」
「来ましたねえ」
「如来とは、そういうことじゃ」
「来るが如くですね」
「おお、君も芸を上げのう」
「お陰様で」
 
   了
 
 


          2007年5月31日
 

 

 

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