小説 川崎サイト

 

プレッシャー城


 広田は一日少しだけ仕事をしている。ほんの少し、小一時間ほど。もう隠居さんなので仕事はしなくてもいい。そこから先、何かをするとすれば隠居仕事になる。これは好きなことをすればいいのだが、そういうものは広田にはない。
 仕事とは与えられたものをすることで、頼まれないとできないし、命じられないとできない。そのため自分で勝手に作った仕事は広田の中にはない。自分のためにやるような仕事など、仕事ではないと思っているし、そういうものも思いつかないので、隠居仕事もない。
 それでも毎日小一時間ほどやっている。これは頼まれた仕事のため。しかしバイトのようなもの。バイトは広田の辞書では仕事と言わない。時間給としては悪くないが、一時間以上続ける根気がなくなっているので、それ以上時間をとれない。時間はいくらでもあるのだが、無理のないところで小一時間と決めている。
 しかし、これも長いようで、実際にはその半分ほどの二十分程度が限界。がんばれば小一時間は続けられるが、集中力がなくなるので、仕事が粗くなる。単純作業なら何時間でもできるが、判断が難しく、しかも曖昧で、解答がないような仕事なので、無難にこなすだけでも難しい。
「たまには休むか」
 仕事は夕方前にだけやっている。それが決まり。毎日医者へ通っているよなもの。その夕方が近づくと気が重くなる。広田にとり、それが一日の中の関門。これを毎日通らないといけない。結構プレッシャーになっている。その時間帯でなくてもいいのだが、朝から気の重いことをしたくないので、時間をずらしていくうちに夕方前になった。夕食後になると、腹が張るので頭も回転しなくなるし、夕食後はくつろぎたい。
 だから夕食前にすませることにしている。ここをはずすと、もうしない。しかしそんなことは一度もなく、やることが決まっている日は必ずやっていた。
「たまには休むか」と思ったのは、このプレッシャーから解放された日を作りたかったため。しかし、別に毎日やらなくてもかまわない内容で、毎日やっているのは癖のようなもの。そういう決まりだと思えば、少しは楽になる。辞書にはないが仕事なのだからと。
「休むと後がしんどい」
 これは仕事がたまるからではなく、一日置くと次の日の立ち上がりがしんどい。プレッシャーが倍ほどかかる。また「毎日やっていること」にはならない。昨日はやっていなかったのだから。
「たまにはいいか」と思ったのは、うれしいことがその日あり、それに夢中になりたかったため。夕方前の関所があると、安心して喜べない。それで、その日、関所を取り払った。
 関所がないので、すらすらと夕食前を通過し、食事も終わり、くつろいでいたとき。何か違和感がある。夢中になれるほどいいことはすでに終わっている。そのために休んだのだが、休んだことがどうも気になる。楽しいことは確かに果たしたのだが、果たし終えると、それほどのことでもなかった。逆に期待していたものとは違っており、少しがっかりした。満足度が低かったのだろう。
 その日は土曜。翌日は日曜。
「土日なら世間並みに休んでもよかろう」と、関所のない日を増やすことを考えた。
 そして翌日の日曜、関所はなく、特に何かをしたわけではないが、一日が楽だった。
 二日休んだことになる。
 すると月曜になると、遠くに見える夕方前の関所が一段と高くなっているのが見えた。プレッシャーの敷居が数段上がっているのだ。これはもう近づきたくない高さ。大阪の陣の真田丸のように要塞に見える。これを落とすとなると苦労しそうだ。
 いつもの関所は、それほど高くない。しかし二日分の休みが効いており、行く手を大きく塞いでいる。
「休むとこれがある」
 広田はそれが分かっていたのだが、こんなに高いものかと改めて感じた。
 この鉄壁の関所。越える気がしなくなり、その日は休んだ。これで三日だ。
 四日目、その関所を朝に見ると、ほとんどタワー。遠くからでもよく見える。いつもなら夕方が近づかなければ見えないのに。
「あれは幻、幻覚、幻術じゃ」と言い聞かせ、夕方前の関所へ目をつむって飛び込んだ。
 
   了


2018年6月15日

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