小説 川崎サイト

 

帝王切開


 何事にも寛容で、懐も広い人だが深さがない。こういう人が議長になっていた。ある団体の作戦会議室のようなものだが、そんな部屋があるわけではない。大事な取り決めなどがあった場合、集まるところ。
 その議長が大宇陀。しかし、寛容すぎるのか、物事を自分で決めるタイプではない。みんなの意見を広く聞く。ただ聞くだけで、それをとりまとめた上で自分の意見を言うわけではない。意見らしきものがあったとしても、言わない。
 大宇陀が議長をしているのは、他の人では意見が最初から偏るため。つまり大宇陀は中間派。だが、中間派とはどっち付かずで曖昧。
 この団体の方針を本当に決めているのは、この会議室ではなく、この団体の代表者の外戚。つまり会長の奥さんの里。
 だから会議などなくてもいいのだが、一応みんなで決めたというアリバイのようなものが欲しい。皆で集まって決めたじゃないかと。
 そのため、議長の質など問題にならない。何も決められない人なのではなく、勝手に決められないため。それに外戚の意見と違っていてはまずい。それに合わせるためにすりあわせるのが大宇陀の役目。
 そのことは、会議のメンバーは既に知っている。この会議そのものが茶番だということも。
 外戚に逆らうことは会長にはできない。その奥さんと結婚したときからそれは分かっている。またそのために結婚したようなもの。だからこの団体の主は会長ではなく、この女王。その父は帝王。
 この関係はまだまだ数年続くはず。帝王は元気で、弱るような年ではない。
「帝王切開ですか」
「そうです。帝王を切りたい」
「大宇陀さんにしては珍しい寝言ですなあ」
「ああ、私が言えば全部寝言に聞こえるかもしれませんがね」
「それで、どうなさるのです」
「いつも会長から内案を頂いています」
「内案?」
「こういう風に決めよとの内意です」
「それは知っていましたが」
「その内案は女王経由で帝王から来ています」
「そうですねえ」
「そして女王に命じているのは帝王です。だから結局は帝王の指令なのです。内案の出所はね」
「だから帝王を切ると」
「そんなことはできませんが、決め事は会議室で行うのが筋です」
「いやいや、だからそれは最初から出来レースでしょ。それを引っ張っているのは大宇陀さん自身じゃありませんか」
「会議室で決めたことがこの団体の方針となります。だから会議室なのですよ」
「それは分かっていますが、大宇陀さんがいるかぎり、それはできないでしょ。またあなたがいなくなっても同じことです。どうせ次の議長も内意通りに引っ張る」
「内案は内案。まあ考慮しましょう」
「それはあなたの立場上できないでしょ。首になりますよ」
「一度やってみましょう」
「どのように」
「普通に会議をし、意見を戦わせ、そこで決めます。最後は私が落としどころを見つけて決めます。多数決じゃなく」
「それが本来ですがね。無理ですよ」
「いや、私ももう年だ。最後の最後は、イタッチぺをかまして終わらせたい」
「おやめになる覚悟で」
「最後ぐらい、自分の意見を言って終わらせたい」
「分かりました。盛大な送別会になるでしょう」
 そして、次の会議での帝王からの内案が届いた。
 大宇陀をそれを読んだ。
 自分の意見と同じだった。
 
   了


2018年6月18日

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