小説 川崎サイト

 

老害


「岩上さんが若月にすり寄っておるらしいですぞ」
 長老格の佐伯は顔をしかめた。
「若月といえば若手じゃないか。年を取ってからでは似合わん名だな」
「若月は若手のリーダーです。次世代を担うでしょう」
「岩上さんのような大長老がどうして若月などに」
「嫌われないようにでしょ」
「岩上さんといえば一番の老害。それが機嫌取りか」
「我々も誰か若手に唾をつけませんと、持って行かれます」
「若手で有力なのは、あとは誰だ」
「淀川が第二グループのリーダーです」
「じゃ、淀川と親しくせい」
「ですが、淀川は既に立川さんがすり寄っていて」
「他に有力なグループは?」
「神崎がいます」
「あれは小便小僧だ」
「もう彼しか残っていません」
「神崎にわしがベンチャラを使うのか」
「仲間になってくれる若手が一人もいないよりはましです」
「しかし、そんなことをしてどうなる。どうせわしらは出て行くんだ」
「我々の息のかかった後輩を残すためです。このままでは若手を取り込んだ岩上さんの天下になります。それに私たちは若手に嫌われています。岩上さんもそうでしたが、最近は違うでしょ。若手の機嫌を取りだしています。出遅れてはなりません」
「分かった」
 若手の神崎グループというのは少ないが、実力者が多い。親睦を深めるということで一席設けた。宴会だ。
 長老の佐伯はにこやかな顔で彼らは眺めた。
 しかし、神崎は警戒した。何か企みがあるはずと。
「君が神崎君かね。たまに顔を見かけるが、まあ一献」
 まさか毒など入っているわけではないが、これは受けてはいけない盃だと、神崎は直感で分かった。覚えのない接待を受けたようなもの。
「将来を担うのは君たちだ。私は微力ながら援助するよ」
 しかし、いつもは押さえ込まれ、援助どころか妨害されている。若手の台頭など有り得ない。その隙間さえない。この長老が去っても、まだまだ上はいる。
 若手の神崎のライバルは若月。その若月には主流派の岩上が取り込んでいることを知っている。それに対抗するには佐伯では弱い。
 しかし、年寄りの味方がいないよりもいる方がいいと、最終的には盃を受けようとした。
「どうだね、受けてくれるね」
「はい」
 佐伯は今まで彼に見せたことのない笑顔で盃を交わした。
 佐伯は作り笑いをしたが内心苦々しい。それは隠した。
 ところが神崎は表情一つ変えていない。何かまだ含みのある目つき。元々そういう顔なのだが、顔がふてぶてしい。また、彼は目も合わさない。
「来るなあ」と横の側近が心配した。
 一瞬だった。
 黒岩は酒を神崎に顔に浴びせた。
「なんだその面は、この小便小僧があ」
「やはりなあ」と側近は目を閉じた。
 神崎は顔を拭きながら、ほっとした。
 いつもの老人達に戻っていたからだ。
 世の中には連鎖反応というのがある。
 若月にすり寄っていた岩上も、同じことをやってしまったようだ。
 
   了


2018年6月25日

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