小説 川崎サイト



憑物

川崎ゆきお



「憑物ってあるでしょうね」
「君もあの男をそう見るか」
「何かが憑いているような感じです」
「君ら若い人も、憑物って言い方をするのかね」
「小説に出てきますよ」
「私の時代にはもう憑物などとは滅多に言わなかったなあ。私の親が言ってたかな。悪い物が憑いとるとかな……」
「でもあの人、憑いていますよ。妙なものが、常識から離れ過ぎてますよ」
「それは悪口なのか。賢い人じゃないか」
「いや、僕ら凡人にはついていけませんよ」
「じゃあ、彼を悪く言うのではなく、憑物のせいにするのは、なぜかな」
「人間とは思えないからです」
「ひとでなしという意味かね」
「悪いのは人ではなく、憑いているものですよ」
「まさか、物の怪が憑いているとは言わんだろ」
「言いません」
「じゃ、何だ」
「狂っているのだと思います」
「狂人じゃないだろ。あの人は」
「物狂いですよ」
「だから学者になったのだろ」
「しかし、あんな狂った人の意見を聞けとは社長も酔狂ですねえ」
「社員教育だよ。うちの社長は好きなんだ。変人を囲いたがる。御伽衆だよ」
「御伽衆って何ですか?」
「アドバイザーのようなものかな」
「じゃあ、僕らはお伽話を聞かされたのですか」
「まあそうだ」
「後口が悪いですねえ」
「君はどう思う?」
「あの先生の話ですか?」
「そうだ」
「だから、何かに取り憑かれた人が話しているようなので、まともに聞いてませんでした」
「何が言いたかったのかなあ。あの先生」
「自分と同じことをやれ、でしょ」
「できない相談だな」
「しかし、社長の意図が分かりません。参考になる話ではなかったと思いますが」
「社長もよく分からないで呼んだのかも」
「まさか、みんな狂えと……」
「大丈夫。私ら凡人は狂うほど頭はよくないさ」
「そうですねえ」
 
   了
 
 



          2007年6月2日
 

 

 

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