小説 川崎サイト

 

真夏始め


「暑いですねえ」
「今年もまた夏がやってきました」
「もう何十回もやってきたので、慣れているはずなのですが、こういうものは慣れないようです」
「こう暑いと何もできませんよ」
「え」
「何か?」
「普段から何もされていないはずですが」
「いやいや、何もしていないということを実はやっているのです。しかし暑いとそれもできません」
「何もしていないということさえやれないとなると、何をされているわけですか。まさか一日中寝ているわけじゃないでしょ」
「寝ていても、寝ているということをやっているわけです」
「じゃ、やはり寝ておられる」
「そんなに睡眠時間は長くありません。何処かで起きるでしょ。起きていりゃこそこうしてあなたと話せる」
「じゃ、何もしていないということもしていないというと、何かしているわけでしょ」
「そうなんです。何もできないで、何もしていないときは、何かしています」
「ちょっと分かりにくくなりました」
「要するに、普段、私は何もしていないのですが、暑いとそれもできないので、何かをするのです」
「まだ分かりません」
「簡単に言いますと、仕事をしています」
「え」
「何もしない状態が苦しいほど暑いので、気持ちよく何もしてられません。だから、暑いときに仕事をします」
「それこそ、暑いのに、何かをするわけでしょ。その何かとは仕事だとすれば」
「何をしていても暑いので、こういうときは仕事をします」
「ありましたか」
「結構あるのです。いつもは面倒なのでしませんがね。しかし暑いとゆっくりもできない」
「それは初耳だ。どんな仕事です。だって、あなたずっと遊んでいるじゃありませんか」
「仕事はありません」
「そうでしょ。安心しました」
「しかし、作っています」
「仕事をですか」
「そうです」
「何の」
「だからお金になる仕事です」
「そんなもの、あなた、とうの昔に辞めたはずですよ」
「だから、その準備をしています」
「準備ですか。それはいい。だったら決まった仕事をしていないわけでしょ」
「何を安心されているのですか」
「私も働きたいけど、良い仕事がない。それにやりたい仕事などないですからね。余程お金に困らない限り、仕事はしたくありませんが、遊んでいるよりは働いている方がよかったりします」
「どっちですか。仕事をしたいのか、したくないのか」
「本当はしたくないのですが、良い仕事ならしたい。あなたの場合、そのあたり、どうなってます。暑いのに仕事を始めるわけでしょ。それにより、ぶらぶらしているだけの人じゃなく、仕事を持っている人になる」
「だから、その準備をしているだけですよ」
「それが仕事ですか」
「そうです」
「安心しました」
「よく、安心しますねえ」
「準備中で、まだ仕事に就いていない」
「はい」
「準備だけなら誰にだってできます」
「しかし、準備しているとその気になってきます。ビジネスコースにね」
「ほう」
「だから、今の私はビジネスマンです」
「それでどういう職種なのですか」
「職種?」
「仕事の内容です」
「だからそれを考えている最中です」
「それさえ決まっていない。中学生ですよ」
「中学生でも先のことは考えているでしょ」」
「じゃ、小学生だ」
「そうですねえ。小学生が将来何になろうかと考えているのに近いですねえ」
「安心しました」
「またですか」
「はい、小学生レベルなので」
「年をとりますとねえ。顔が小学生の頃に戻っていくのですよ」
「そうなんですか」
「はい」
「最晩年はおそらく赤ちゃんにまで戻るでしょう」
「それは初耳ですが、まあ、暑いので体を崩さないで、頑張ってお仕事をしてください」
「はい、あなたもお大事に」
「はい、ありがとう」
 
   了


2018年7月2日

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