小説 川崎サイト

 

猛将


 その指揮官は分かりやすい人で、何をどうするのかは聞かなくても分かるし、命令されなくても既に分かっている。だから部下達は指揮官の考えを知っているのだ。それは単純明快で、ひねりや変わったことを仕掛けない。
 そのためその指揮に違和感がない。当然そうするだろうなということを命じてくる。だから指揮官などいらないほど。では誰が指揮するのか。部下の中で古参のリーダーがするのか。そうではない。指揮官がやはり指揮する。いらないはずの指揮官だが、いなくてもあの指揮官ならこう命じるだろというのがもう分かっているのだが、念のため、直接聞きたい。
 その指揮官の指揮は単純明快。ただただ攻めよと言っているだけの人で、所謂猛将。知恵も何もない。策もない。そのため実戦では「行け」の一声だけで、その後一声も発しない。号令はこれだけ。
 作戦会議でも、行けとか攻めろとしか言わない。
 命令は一つ。これは分かりやすい。それが変わることはないというより、戦いが終わるまで作戦の変更は一切ない。
 攻めろと言われても、攻められているとき、攻め返すのは大変だが、それが方針。当然攻められないときは攻められないので、号令通りは行かないが、命令が変わることはないので、迷いがない。
 また攻めるべきか守るべきかが曖昧な状況でも、攻めることが決まっているので、攻めるしかない。
 結局は部下達の動き次第になり、個々のことは部下達が勝手にやっている。
 つまり部下次第。部下が弱ければ、いくら巧妙な策を編んでも、そんな小細工は通じない。作戦通り行かないのが世の常。
 あるとき、部下の一人が指揮官に「なぜ攻めろとしか言わないのか」と聞いたことがある。
 どうやらこの指揮官、攻めるべきときに攻めなかったり、裏を掻く作戦に出て、失敗したことが過去にあったらしい。余計な小細工をしても、部下はその通りには動けなかったりした。
「攻撃こそ最大の防御ですか」と聞くと、そうでもないらしい。それ以上聞いても、うまく説明できないようだ。
 この指揮官率いる部隊は決して強くはない。実績もさほどないが、部下達は指揮官を無能だとは思っていない。それと怖い人ではないので、それが一番良かったりする。
 
 
   了


2018年7月7日

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