小説 川崎サイト

 

金平糖


 ちょっとした一歩で、その人の人生が違ったものになることがある。それは振り返ってみて分かること。一本の電車に乗り遅れたため、遅い目に目的地に到着してしまい、別の担当者との面談になったとかだ。しかしこれが幸いし、相性のいい担当者で、気に入ってもらえた。その後、運が開けるきっかけとなっていく。もし電車に普通に乗ることができれば、別の担当者となり、落ちたかもしれない。そしてその後、別のところへ行くこともあるし、またもう諦めて、その世界には行かないことも。
 運命というのがあるのかどうかは分からない。運がいいときもあるが、悪いときもある。だが、悪かったのも運で、ここの不運が次の運を開くこともある。しかし運は運。その人が仕掛けたことではない。偶然の出来事。
 悪い運が良い運に変わることもあれば、良い運が悪い運を生むこともある。運というより、偶然性だろうか。
 この偶然がどうしても付きまとう。一歩早すぎたとか、一歩遅れただけで違う展開になるとすれば、どのように対処したり、構えればいいのかという話になるが、偶然発生することは何ともならない。それも含めて運命のようなものだろう。
「運とはそういうもの」
「うん」
「だから気にせず突き進むが良かろう」
「うん」
「わしからこういう話を聞いたことも、君にとっては運の一つ。これは偶然じゃな。君がそこで哀しそうな顔で座っていたので、つい声を掛けたまで。小遣いを落としたぐらいでくよくよするでない。しかし、いい話が聞けたであろう」
「うん」
「全てが必然で偶然の出来事などない」
「え」
「何故頷かぬ」
「うん」
「それでいい。頷かなければ、わしはそれ以上話を続けないまま、ここで別れるだろう」
「うん」
「しかし、わしの話を活かすかどうかは君次第。それは運ではない。君の判断で決まる。そして運など気にせず、偶然なども気にせず、推し進めるのが良かろう」
「うん」
「そうか、君はまだ子供で、その規模ではないが、しかし既に芽は出ておる。その小遣いで何を買いに行こうとしておったのじゃな」
「おかし」
「駄菓子か」
「うん」
「うーん。もう少しいいものを買いに行きなされ、そうでないと、わしが君にやった銭が活きんかもしれん。食べておわりじゃろ」
「うん」
「まあよい、先ほど申したことをたまに思い出すことじゃ。いつか役に立つ」
「うん」
「ところで、どんな菓子を買いに行こうとしておった」
「金平糖」
「ほう、それは昔なら貴族か大名でしか食べられぬような高価な菓子」
「そうなの」
「金平糖か、それは縁起がいい。君は大物になるかもしれん」
「うん」
 少年は早く買いに行きたかったのだろう。老人が話を終えると、さっと立ち去った。
 それを見送っている老人は少し淋しそうな顔。
 自身の運は開けないままなので。
 
   了
 


2018年7月10日

小説 川崎サイト