小説 川崎サイト

 

神社跡


「恩田鉄三郎さんという方がおみえです」
「え」
「恩田鉄三郎さんです」
「知らんなあ、で、用件は」
「土地についてです」
「それなら営業の仕事だろ」
「いえ、社長直々でないといけないと言ってます」
「どんな人だ。身なりは」
「普段着です」
「あ、そう」
「日焼けしています」
「名刺は」
「ありません」
「土地のことねえ。何だろう」
「どうされます」
「時間はあるか」
「はい、ございます」
「じゃ、下のロビーでも良いだろ」
「応接室も空いてますが」
「客が来たらどうする」
「空いています」
「じゃ、そこへ通して」
「はい」
 恩田鉄三郎。不気味な老人だ。
「で、御用件とは」
「あの土地はそのままにしておくべきです」
「え、どの土地ですかな」
「深川さんの田んぼです」
「あそこは長く放置しているでしょ。野っ原ですよ」
「そのままに」
「あなた、深川さんとはどういう関係で」
「隣人です」
「お隣さん」
「はい」
「深川さんの土地ですからねえ」
「そこを何とか」
「それはできないでしょ」
「はあ」
「何かあるのですかな」
「あの場所は神社でした」
「聞いたことがないですよ」
「もの凄く昔の話ですから」
「まあ、神社跡に家を建てるとまずいというジンクスはありますが、誰も知らないでしょ。それにそんな大昔にあった神社なら、もう何もないでしょ」
「はい、知っている人は僅かですが」
「深川さんもご存じですかな」
「はい、知ってますが、あまり気にしていないようです。それじゃいけないと思い、参上したのです」
「参上ねえ」
「今は原っぱですが、中央部に石が埋め込まれています。杭のように。先だけ出ていまして、そこだけ耕せないし、また水田のときも、そこだけ植えない」
「何か曰くのある神社だったのですか」
「はい」
「石柱が埋まっているのですかな」
「そうです」
「長さは」
「一メートルほどです」
「じゃ、杭のようなものですね」
「その下が」
「まだ、何か埋まっていますか」
「杭の周りを石が時計のように囲んでいます」
「ああ、聞いたことがありますねえ。本殿の床下にそんな石があるとか」
「はい、神社はなくなりましたが、それをまだ残しているのです。私らにとっては神社と同じです。まだ、お祭りしているのです。歯の根のようなもので、神の根」
「重要な遺跡だと問題ですが、そうではないでしょ」
「しかし、かなり古いです」
「まあ、出てくれば、一応調査してもらいますよ。大事なものなら、私も宅地にはしませんから、ご心配なく」。
「有り難うございます」
「で、その神社、何を祭られていたのですか」
「今も影祭りしております」
「深川さんもですか」
「深川さんは越してきた人なので」
「それで、何を祭られているのですか」
「分かりません」
「え」
「古すぎて、もう伝わっていないのです。しかし大事な神様らしいのです」
「分かりました。考慮しましょう」
「有り難うございます」
「いえいえ」
 不動産屋の社長らしくない人だったので、聞き入れてもらえたのだろう。
 その社長、その野っ原の真ん中へ行き、石柱の先っちょを探したが、そんなものは出てこない。草や土に覆われ、埋まってしまったのだろう。
 そして整地が始まったのだが、一メートルほどの石柱など埋まっていなかった。
 さらに恩田鉄三郎を探したが、そんな人はこの在にはいないらしい。
 あの日、訪ねて来た恩田鉄三郎という人は何だったのかと、社長は今でも不思議でならない。
 
   了

 


2018年7月11日

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