小説 川崎サイト

 

夏の扉


「暑いときはどうされてます」
「うんと暑苦しいことをやったりとか」
「余計に暑いですねえ」
「寒中水泳のようなものですよ」
「やりましたか」
「いや」
「じゃ、夏は何でしょう」
「体も焼けるので、やけくそになる」
「やけくそ」
「栓も緩むのでしょうなあ」
「それで何をされるわけですか」
「新しいことをしたい」
「暑い時期にですか」
「毎日同じことじゃ暑苦しい」
「それで、新しいことをですか」
「理由はそれだけ。新しいことをしたくてやるんじゃない。いつも同じだと暑苦しいためだ」
「新たな試みとか」
「そうだね。ガラッと趣の異なることとかね。まあ、自分にとっては新鮮なことなら何でもいいんだよ。また、しなくてもいいことだ。冬は閉鎖的、夏は開放的。だから開くんだろうねえ、何かの扉が」
「そうですねえ。冬場閉めていた窓も暑いので開けますからね」
「開いているから行ってみる。それだけだ」
「で、何が開いていました」
「今までとは別の方針や、違う方向、またはまだやっていないこと、等々だよ」
「いろいろとあるものですねえ」
「必要だからじゃない。暑いからだ」
「はい」
「それで新しいことを始める。最初は刺激があっていい。これで暑苦しさは少しは忘れる。熱中して体が熱い」
「やはり暑苦しそうですねえ」
「そのときは分からない。汗が出てきて、やっと分かるが、暑さなど忘れている」
「はい、それで新しいことは上手く行きましたか」
「これはただの刺激でいい。別に新しいことをやる必要もないからね」
「じゃ、上手く行かないわけですね。新しいことは」
「そうだね。冬場だとそれが分かっているから挑まない。それだけのこと。夏場は栓が緩むので、やってしまえるだけ。結果はやる前から分かっているようなもの。しかし、目的はそれではない」
「暑いので、やっただけということですか」
「まあ、無駄なことをして大汗をかいて、余計に暑くなったがね。しかし、それでものになった夏もある」
「そうなんですか。いける場合もあるのですね。その新しいことで」
「今、私がやっている仕事。これはそういう夏の日にやったことがスタートだった。しかし、長く今の仕事をやりすぎたようだね。もう新しいことではなくなってから久しい」
「はあ」
「あれは何十年も前の夏の日だった。あの頃も暑くて何ともならんので、暑さしのぎでやり始めたことだった。それが当たった。そして今日に至る」
「はい」
「きっかけなど単純で、生理的なものだけかもしれないねえ」
「あ、はい」
 
   了




2018年7月17日

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