小説 川崎サイト



冷めた関係

川崎ゆきお



「静かに暮らしているんだから邪魔しないでくれよ」
 古びた文化住宅に住む旧友の君原を訪ねた大橋に対しての最初の言葉がそれだった。
「邪魔はしないけど元気かい?」
「来たことが邪魔なんだ」
「それは手厳しい」
「君と会うとろくなことはない」
「昔からの友達じゃないか」
「もう、そんな関係じゃないだろ」
 大橋は勝手に冷蔵庫を開け、缶ビールを取り出す。
「相変わらず在庫豊富だなあ」
「予定が狂うじゃないか」
「出掛けるのか?」
「本数だ」
「ビールの?」
「そうだ。ちゃんと計算して冷やしているんだ」
「じゃあ、俺の訪問は計算外かい」
「そうだ」
「まあ、そうはっきり言わなくてもいいよ」
「言わないと君はどこまでも付け込む」
「まあ、缶ビールの一本ぐらい、どうってことないだろ。計算外なら金払うよ」
「金のことじゃない」
「じゃ、何だよ。俺はさっしが悪いんだ。さっきのようにはっきり言えよ」
「冷やす順番が狂う」
「じゃあ、今出した分、冷蔵庫に入れりゃいいだろ」
「ところが、買い置きは冷蔵庫の中に全部入れたんだ」
「まだ、数本残ってるじゃないか。俺は一つでいいからさ、全部飲まないから心配すんなよ」
「買いに行くタイミングが狂う」
「君はどんな生活してるんだよ。外に出た時、ついでに買えばいいだけだろ」
「そんなことで、予定が狂うのがいやなんだ」
「そんなことが予定に入るのかよ。予定表に書くわけ?」
「予定表はない。だから書かない」
「まあ、いいけど大丈夫かい?」
「僕は静かにきっちりと暮らしている」
「いや、元気になってもらおうと思ってね。面白い仕事を持って来たんだよ。やってみない」
「ピーナツが後ろの引き出しにある」
「つまみはいいよ」
「昼寝の時間だ」
「重症だな。また出直すか」
「お休み」
 大橋は、苛立ちながら出て行った。
 君原はしめしめとドアをロックした。
 
   了
 
 



          2007年6月4日
 

 

 

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