小説 川崎サイト

 

ナスコン


「ここはナスコンで行くか」
 デザイン室で加賀が呟いた。当然聞こえるように。
「ナスコンですか」
 何かの略だと思い、三村は意味を探った。合コンのようなもの、コミュニケーション系ではないかと真っ先に理解した。
「早速そうしてくれ、ナスコンだ」
 しかし、いきなりそんなことを始められない。用意するにしても、何のための集まりなのかも分からない。メンバーも必要だろう。
「それで決定だ」
 これ以上聞いても誤解した状態で進んでしまうと思い、三村は聞くことにしたのだが、カンの悪い男だと思われたくない。それにこの上司はものを聞くといやな顔をする。しかし、間違った方向で事を進めるよりはいい。
「ナスコンって何ですか」
「色だ」
「あ」
「メインカラーが決まらなかったんだが、ナスコンで行こう。今決めた」
 ナスコンとは茄子紺と書き、紺色。紺色とは赤みの掛かった青。または青味の掛かった赤。だから紫色のこと。その彩度がナスビに近いものを茄子紺と呼んでいる。若いデザイナーの三村には分かるはずがない。色目など色見本のカードやチャートを繰って指定するだけ。しかし、茄子のあの色を再現させるには、絵の具そのものに問題がある。
 それで三村は、丁度今の季節茄子がなっていることを思い出し、写真で写し、その色をスポイドでコピーした。本物の茄子の色なので、ベースとしては悪くない。
「この茄子、ちょっと黒いんじゃないかい」
「本物の茄子の色です」
「光線状態が悪いねえ。それで黒っぽい。まあいい。あとは私が茄子のあの色艶になるよう調整する。ご苦労だった。もういいよ」
「はい」
 茄子紺と言われていた頃の茄子の品種と今のとでは違うのだろうか。
「ところで主任、コンパなんですが」
「コンパ」
「はい」
「それがどうした。そんなことをやるのかね」
「はい。ナスコンを」
「茄子のコンパかい」
「そうです」
「それでナスコンです」
「そんなことしなくても、集まるのは茄子ばかりじゃないか。最初からナスコンだよ」
 そういう視線で見ると、この二人も茄子だった。
 
   了

 


2018年7月20日

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