土用
「今日は」
「はい」
「暑いですなあ」
「どなたでしょうか」
「土用です」
戸を開けると、ドジョウのような小男が立っている。
「はあ」
「このへんを回っています」
「土用といえば、ウナギを食べる日でしょ」
「いや、土用というのは夏だけに限ったことじゃありませんがね」
「ウナギの蒲焼きのセールスですか」
「いや、私が土用です」
「あなたが土用」
「そうです」
「暑苦しそうですねえ」
「私が来ますと涼しくなります」
「そうなんですか」
「土用が去ればもう夏は終わり」
「いやいや、暑い真っ盛りですよ」
「峠です。あとは下り、涼しくなっていきますよ」
「それはいいのですが、目的は何ですか」
「さあ」
「さぁって、目的もなしに、来たわけですか」
「そうです。それでこの町内を今、回っているところです。挨拶代わりに」
「何かサービスでも」
「サビスしましょうか」
「どんな」
「やめておきましょう。それをすると訪問販売になりますから」
「その方が分かりやすいのですが」
「そうですか。じゃ、麦茶とはったい粉をサビスします」
土用は背中に大きな風呂敷包みを背負っており、それを下ろした。
「結局、麦茶にはったい粉売りですか」
「売り切らないと親方に叱られますが、まあ、無理にとは言いません」
「麦茶はいいですが、はったい粉は喉が渇きますよ」
「だから麦茶も一緒に売っているのです」
「これがサービスですか」
「値段、少しサビスします」
「分かりました。その方が分かりやすいです」
「おおきに」
「買いますが、はったい粉はどうやって食べるのです」
「砂糖を入れて混ぜてそのまま頂けます。香ばしいですよ。または湯を加えて団子にします」
「はい、有り難う。そうしてみます」
「これで親方に叱られないで済みます」
「ところで」
「はい、何か」
「あなた土用でしょ」
「そうです」
「土用が物売りをやっているのですか」
「土用を知らせに回るのが土用の務めです。それだけでは何なので、ついでに麦茶とはったい粉を売っているだけです。実は冬も土用があるのですよ。そのときはきな粉をまぶした温かい団子を売ります。
「つまり土用とはそういう物売りの総称だったのですか」
「さあ、それは確かなことは分かりません。私らが勝手に言っていることで、気にしないで下さい。
「ところで、土用って何ですか」
「知りません」
「あ、そう」
「お邪魔しました。暑い中、お付き合いいただいて有り難うございました」
上田は暑くて目が覚めた。昼寝に失敗したようだ。
了
2018年7月21日