小説 川崎サイト

 

懐かしい人


「誰か来ていなかったかい」
 老夫婦だけが住む古く大きな家。掃除だけでも大変で、何枚もある雨戸の開け閉めも大変。面倒なので閉めたままにしたり、開けたままにしていると、近所の人が心配して見に来る
「誰も来ていませんでしたよ」
「そうか、さっきそこに誰かが座っているように見えたんだが、客じゃなかったのかい」
「いいえ、お客さんなんて滅多に来ませんよ。それに来るんなら言いますよ」
「急に訪ねて来る客もあるだろ」
「さあ、滅多にありませんよ。それにここまで通しませんよ」
「そうだな」
 所謂仏間だが、普段は間の抜けたような薄暗い八畳ほどの部屋、家具は一切ない。昔はここで法事などをやったもので、そのときは襖を全部開ける。すると都合三間が一間の大広間になる。そんなことがあったのは、この老人の子供の頃まで。
「いやですよ、仏間に人が来てたなんて、お盆にはまだ早いですよ」
「じゃ、勘違いか」
「どんな人でした」
「着物を着た人で、仏壇の前に座っていた」
「どんな人でした」
「さあ、まだ若い」
「着物姿の娘さんですか。そんな客なんて、いませんよ」
「そうだな」
「誰だか分かりませんか」
「見たことがあるんだが、思い出せない」
「悪いものが出たんじゃないですか」
「思い当たることでもあるのか」
「ありませんよ」
「そうか」
「お医者さんにみてもらったら」
「そうだな。そんなものが見え出すとまずい」
「ああ、そうだ。いい先生がいますよ」
 翌日、その先生が来た。
「たまにあるのですよ」
「やはり心の病ですか」
「さあ、それは分かりませんが、そういうものは昔から出ています」
「若い女性の客ですか」
「そうです」
「少し安心しましたが、誰なのです」
「思い出して下さい」
「知らない人ですが、妙に懐かしいような」
「そうでしょ」
「誰なのですか」
「あなたのお母さんでしょ」
「え」
「若い頃の」
「ああ」
 老人は引き戸を開け、古いアルバムを探し出した。
「こいつだ」
 それは娘時代の母親の写真だった。
「何故そんなことが先生、分かるのですか。もしかして、あなたがあの妖怪博士では」
「いえ、私はそんなものではありません」
 
   了



2018年7月22日

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