墓穴
「夏がゆくのう」
「はい、ゆきます」
「ゆかぬうちに何とかしたいものだが、どうであろう」
「この暑い盛りに決着を付けると」
「そうじゃ、どうせ暑い。だから暑苦しいことは暑いうちにさっとやってしまうに限る」
「しかし、坂上佐渡を追い落とす方法はありませんが」
「坂上が災いの元。元凶。根こそぎ抜くべし」
「しかし、方法がありません」
「配下に集合を掛けよ」
「はい、まずは作戦からですね」
屋敷に配下が集まり、その中の一人の家来が呼び出された。倉橋という。
「坂上の動きが怪しい」
倉橋はしばらく考えている。
「坂上の動きが怪しい」
「どのように」
「なに?」
「どのように怪しいのでしょうか」
「どのようにか」
「はい」
「坂上の動きが怪しい。これで分かるだろ」
「ですから、どのように怪しいのですか」
「怪しいといえば、分かるじゃろ」
「はあ」
「どのように怪しいかを探って参れ。気のきかん奴だなあ」
「あ、はい。早速」
配下は五人ほど集まっていたのだが、集められただけで解散した。だから会議もなかった。
「帰しましたが、それでよかったのですか」
「うむ。追い出す名分が先。まずは倉橋の働きを待つことにする」
「しかし倉橋は頼りない男ですよ。いいんですか」
「そうか。それは知らなんだが、涼しげな顔立ちで賢そうじゃないか」
「それは見かけです」
その後、倉橋が報告に来た。
「坂上佐渡殿を探りましたが、怪しい点はありません」
「何を聞いておった」
「はあ」
「坂上の動きが怪しいと言っただろ」
「ど、どのように」
「どのようにもクソもあるか、それを作るのが役目だろ」
「ああ」
「ああじゃない」
「気が付きませんでした。作るのですね。怪しい点を」
「怪しいだけではなく、動かぬ証拠を作れ」
「ど、どのようにして」
「それぐらい自分で考えろ」
「はい、早速怪しい証拠を作ります」
「大きい声で言うな」
「はい」
数日後、倉橋が涼しげな顔で屋敷を訪れた。
「動かぬ証拠、見付けました」
「そうか」
「謀反です」
「おお。それそれ、それが一番」
「坂上屋敷に私兵が集まっています。これは挙兵です」
「本当か」
「はい」
「訓練ではないのか」
「挙兵です」
「誰を狙っておる」
「あのう」
「はっきり申せ」
「それが」
「わしか」
「左様で」
「それもおぬしが作ったのか」
「はい」
「わしでは駄目だろ」
「はい」
「下手な奴だなあ。それに訓練だと言い張るはず。動かぬ証拠を作れと言っただろ」
「なかなかそうは参りません」
「しかし、私兵が集まっているのは事実じゃな」
「はい」
「おぬしが勝手に言っておるだけではないのじゃな」
「そうです」
「おそらく訓練か、狩りにでも行くのだろう」
「はい、そう思います」
「それを謀反に仕立てるのがおぬしの役目」
「ど、どのようにして」
「それがないから困っておるのじゃ」
「それがしにも思い付きません」
「駄目だなあ」
「はい」
「もういい。帰れ」
「はい」
そこへ側近が現れた。
「駄目なようですなあ」
「坂上の動きが怪しいとわしが言えば、それなりの動きをしてくれると思ったが、そうはいかん」
「倉橋殿だから良かったのですよ」
「どうして」
「そんな芸当ができる男ではありません」
「それは知らなんだ」
「その方が良かったのです。下手な小細工ではどうせ失敗したでしょう」
「しかし、坂上の動きが最近どうも怪しい。それは事実なんじゃ」
「はいはい」
坂上佐渡はその後も怪しい動きなどは一切していない。
坂上を陥れようとしていた桜庭家だが、逆に最近の桜庭家の動きが怪しいという噂が立ちだした。
これで主家の信任が薄くなり、役職から遠ざけられた。
所謂墓穴を掘ったという話。
了
2018年7月25日