小説 川崎サイト

 

焼き物


「同じようなことをしているのだがね、そっくりそのまま同じようなことをするのは難しい。意外とね」
「師匠のやっておられることはどれも同じように見えますが」
「そう見せるように調整してるだけでね。やっている本人にしてみれば、違っていることがすぐに分かる。だからさっと誤魔化す」
「だからですか。同じように見えるのは」
「誤魔化しきれないで、違うことになっている場合もありますよ」
「いや、それでもどれも毎回同じように見えます。よほど小さな違いなのでしょうねえ」
「そうだね。しかし年々その違いが多く出る。だからもう同じようなものではなくなっているのかもしれませんよ」
「その変化させ気付きません」
「徐々の変化なので、気付かないのでしょう」
「違うものをやってみたいとは思いませんか」
「現にやってますよ」
「気付きません。新しいことが入っているのですか」
「新しいとか古いとかの方向じゃなく、そうなっていくのですよ」
「しかし、全く変化などしていないように見えますが」
「いつの間にか中身は入れ替わっているのですよ」
「古くさいことをずっと古くさい方法でやっているのだとばかり」
「古くさいですか」
「あ、失言です。伝統芸ですからね」
「そんな伝統もありませんよ。だから守る必要もないのですがね」
「つまりやられていることは同じでも心境の変化で、違うように感じられるわけですか」
「私の心境かね」
「そうです」
「さあ、どうでしょうな」
「違うのですか」
「自然とそうなっていくのでしょう。同じことを繰り返そう繰り返そうとは努めていますよ。それでも繰り返しきれない、真似しきれないのでしょうねえ」
「師匠の焼き方は名人というよりほか言い様がありません。焼き具合がすべて同じ。色艶も。これは人間国宝ものですよ」
「だが、たこ焼きだからねえ」
「そうでしたねえ」
「紅ショウガと青ネギは表面からほんのりと赤と青の色が滲み出ていないとだめなのです。それと全部同じ色で焼かない。白いところから焼けて茶色いとこへと至る階調が大事。毎回だから本当は違うのですよ」
「はい」
 
   了

 


2018年7月31日

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