小説 川崎サイト

 

タニシ目の男


「どうも吉田君の様子がおかしいのだが、どうかしたのかね」
「別に変わったところはありませんが」
「目が泳いでいるんだがね」
「目が」
「そうだ、何か理由でもあるのなら、教えてほしい。得体が知れないんだ」
「そんなこと心配する必要はないですよ。仕事に支障はありません。素直だし、真面目だし」
「じゃ、あの目は何だ」
「そんな目、してましたか」
「監視しているわけじゃないがね、たまに吉田君を見ると、目が泳いでいる」
「ああ、それはですね」
「何だ」
「一カ所ばかり見ているので、たまに目玉を動かしているのでしょ。癖ですよ」
「そうなのか」
「僕もたまにしますよ。ずっとモニターの同じ箇所ばかり見つめていると、目が固まってしまいそうになりますから」
「じゃ、ただの目玉運動か」
「そうです。それが泳いでいるように見えただけじゃないですか」
「ああ、なるほどねえ。しかし、あの吉田君、分かりにくい男だねえ」
「単純明快な男ですよ」
「しかし、たまに私の方をチラリチラリと見ているよ」
「そうなんですか」
「だから、目を泳がせているときも、瞬間だが私を見ている」
「上司だからでしょ」
「何かいつも監視されているようでね」
「偉いさんの顔色をうかがっているだけでしょ」
「顔色など見る必要などないはず、吉田君とは仕事はしていませんから」
「そうですが」
「やはり、私はここにいるのが間違っているんだ。部長室に戻るよ」
「その方が部長らしくていいです。こんな大部屋のようなところでは」
「いや、ここにいる方が部下たちに馴染んでもらえるし、顔を出している方がいいと思ったんだ」
「そうですか」
「仕切りがない方がいいと思ったんだが、これじゃ仕切り直しだ」
「はい」
「しかし、あの吉田君の目」
「まだ吉田君ですか」
「あれが効いた」
「タニシのような小さな目ですよ」
「あの目を見たくない」
「じゃ、お認めになりますね」
「え、何を認めるのかね」
「うちの秘密兵器ですよ」
「あのタニシがかね。いつも目を泳がして不審な奴が」
「あれが効くんです。いざというとき。彼を前に出して、乗り込んだとき、効くんです」
「何が効くんだね。何が」
「相手にしてみれば、得体の知れないものが正面にいるからです」
「いやな使い方だね」
「普段は使いません。ここ一番という難しい取引のときは、彼を投入します」
「取り柄が何かあるものだね」
「はい、それで大手柄を立ててくれるときもあります」
「あ、そう」
 
   了

 


2018年8月10日

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