小説 川崎サイト

 

残暑見舞の客


 毎年お盆前になると、残暑見舞いのハガキのようにやって来る友人がいる。白石の小学校から中学までの同級生で、卒業後、合うことは先ずないのだが、年に一度だけやってくる。それがかなり続いている。非常に珍しい関係だが、二人とも比較的近いところに住んでいるため、行き来しやすいのだろう。ただ、白石から訪ねて行くことは今までなく、これからもないはず。関係性が薄い。
 これがもし年賀状程度の付き合いでも、十年も続かないだろう。それが義理のある人なら別だが、ただの同級生。しかもそれほどの親友ではない。ただ、小学一年生から中学三年生までずっと一緒だった関係は他にいない。いるにはいるが、顔を知っている程度。
 その友人とは学校時代、一緒に遊びに行ったり、同じグループに入っていたので、毎日のように合っていた。クラスが違う学年もあったが、それでも遊び仲間であることにはかわりはない。
 そして二人とも、もういい年になっている。白石には他に大勢友達はいたが、年とともに減っていき、退社してからは友達は一人もいなくなってしまった。もう必要がないためだろう。しかし、その友人だけはまだ活きている。年に一度とはいえ、継続している。しかも楽な話で、向こうからやってくる。そして小一時間もいない。いつも昼時に来るので、出前を頼んだりする。これは会食ではないものの、一緒に食べて、それで終わる。食べ終えると、もう用を済ませたかのように帰る。
 去年はソーメンを出したのだが、食べていた。ここが大事で、物理的に食べていた。つまり、お供え物ではなく。
 その友達、関係が浅かったのか、家を知らなかった。小学校も同じだったので、それほど遠い場所ではない。小学校のときは西へ帰っていた。中学のときも西。その途中小学校がある。だから小学校よりもさらに西だろう。白石は南側に家があるので、帰りは別。しかし、仲間達と一緒に寄り道をしてよく遊んだ。その中にその友人も混ざっていたのだが、印象は薄い。
 中学のときは二年続けて同じクラスになったが、帰り道に遊ぶようなことはなかった。
 それだけの関係なのだが、お盆前になると顔を出す。同級生時代は遊びに来なかった。卒業してからだ。そのきっかけは、偶然白石が家の前にいたとき、ばったり会ったこと。それで家に入れた。その頃は親兄弟と一緒だったので、親がおやつのようなものを出した。
 また遊びに来てもいいかな。というのが始まりだが、そのまたが数日後でも一週間後でもなく、一年後。そこから年に一度だけ遊びに来るようになる。長話をするわけではない。あまり会話は弾まない。だからそれほど親しい友達にはなれなかったのだろう。どこか馴染めなかったのだ。共通する何かが欠けていたのだろうか。
 そして今年、そろそろお盆も近い。彼がやって来る頃だ。残暑見舞いのハガキが来る頃、彼はやってくる。
 ただ、意識的に待ったことはない。来るという予想もしたことがない。
 今年初めてそれを意識した。あの友人はいったい何者なのかと。考えてみればおかしな話だ。今まで考えなかったのが不思議なほど。
 しかし、今年はまだ来ない。もうお盆は過ぎていた。
 そして、彼のことなど忘れた頃、やって来た。
 今年は天ざるを出前で取り、一緒に食べた。
 物理的に、しっかりと天ざるは消えていた。しかし、もしやと思い、彼が帰った後、すぐに表に出たが、後ろ姿がない。左右とも見晴らしがいい。彼の住んでいる方角は分かっているので、そちらは左側なので、走って追いかけた。
 角まで来たとき、左右を見ると、左側に彼の後ろ姿を発見。
 白石はそれ以上深追いしないよう、引き返した。
 
   了



2018年8月13日

小説 川崎サイト