小説 川崎サイト

 

路地に消えた


 高橋は怪しい場所を探索するのが趣味だが、これは悪趣味。人が怪しい、または怪しめると思えるようなものは、あまり見られたくないようなものが多い。覗いてはいけないし、遠慮すべきだろう。それは単に好奇心の発露にしかすぎないので。
 とはいうものの好きなことはやめられない。それに怪しい町といっても、大したことはない。
 その日も高橋は匂いそうな道を歩きながら怪しい気配を何となく間接的に嗅いでいる。いきなり怪しいものが見付かるわけではなく、これがあれば、あれがあるだろう程度だ。川にいる淡水魚。清流にしか棲息しないのなら、その魚がいると清流だという程度の単純なもの。物事なら、それは前兆、季節なら先触れ。そういうものを先ず見付ける。
 その小径、普通だ。しかしやや段差がある。二歩ぐらいで一段の階段がある。これだけでも、もう十分かもしれないが、怪しさのヒントにはならない。それで、諦めて戻ろうとしたとき、前方に人。しかも見るからに老人。平日の昼間、ウロウロしているのは年寄りぐらいなので、珍しくはないが、漂ってくる雰囲気がある。小さな後ろ姿だが、何かありそうな老人。これは杖をついていることでピンときた。しっかりと具体的なものを見ているのだ。その杖、体が悪いとか、足が悪いとかでついている杖ではなく、もっと長い。高橋から言わせると魔除けの杖。
「このあたりに、何か変わったものはありませんか」
 聞くが反応はない。
 右側は石垣で、その上に児童公園がある。非常に狭い。当然誰も遊んでなどいない。子供はまだ学校だろう。
 左側はやや古い民家だが、あまり上等な家はない。ただ、改築や改装をしたのか、壁板が合板になっていたり、瓦屋根が平たいものになっている。だからよくあるような住宅地なので、怪しくはない。
「何か珍しいものはありませんか」
 やはり反応はない。耳が遠いのかもしれないと思い、少しだけ高橋は近付いた。
 するといきなり顔がこちらに来た。振り返っただけだが、目玉が見えないほどの奥目。さらに草が垂れているような眉毛。
 これはやったかもしれないと高橋を思った。そう思いたかっただけの思いかもしれない。
「幻の渓谷がある」
「ここは山じゃありませんよ」
「そう呼んでおる一角がある」
「あ、はい」
「渓谷といっても少し低地の通り。大雨でも降れば大変そうじゃが、川がある」
「この坂を下ったところですか。しかし上から見ている限り、そんな渓谷はありませんよ」
「そうじゃな」
「そうでしょ」
「一本の細い路地が走っており、その左右は長屋。昔の面影を残しており、二階の物干し台から洗濯物がひらひらしておる風景が懐かしい」
 老人はまるでセリフの棒読みだ。
「あ、はい」
「路地は地道で、砂利が少しだけあり、共同井戸で洗い物をしておる御婦人の姿も見える。小さな子がさらに小さな子を背負い、笛を吹いておる。子守じゃ」
「そんな場所が」
「この先にある」
「いえ、この先、確かに低い場所で、路地も走っていますが、そういう風には見えませんが」
「入り口が違う」
「はあ」
「それが開くのじゃ」
「あのう」
「たまに開く、今日はどうかなと思いながら、見に来た」
「あのう」
「散歩にはもってこいじゃよ」
 老人はゆったりとした階段を降りていった。そして降りきったところにある左側の路地に入っていく。
 高橋はあとを追った。
 杖をつき、ゆるりとした歩みの老人なのに、もう姿はない。
 
   了




2018年8月14日

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